春を知らない蝶々 | ナノ
昔の夢を見た。
「うわ・・最悪・・」
子供の頃の夢。楽しかった頃の。思い出したくなかった。嫌な夢のせいで二度寝する気にはなれず、下の階へ歩いていく。とんとん、とゆっくりと階段を下りていけばお母さんが朝ごはんを作っていた。
「おはようあんず。早いのね」
「うん・・久しぶりにお兄ちゃんの夢みちゃって」
「、・・・・・そう」
お母さんはそれだけ。ぽつりと呟いてお味噌汁の味を確認する。
「あんず」
「なーに?」
「あれはあなたのせいじゃないんだからそんなに思いつめなくていいのよ」
「・・・わかってる、」
「あなた休みの日は必ずお墓参りに行くでしょう?事故なの。だからあなたが責任を感じることじゃ・・、っ」
「大丈夫だよお母さん。私は平気。」
「そう・・ならいいの。ごはんにしましょう」
準備を始めるお母さん。顔だけは洗ってこようと洗面所へと向かう。鏡を覗けばそれはもう酷いものだった。最近いろんなことがあったせいかな。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。
「お兄ちゃん・・」

私には兄がいた。とても優しくていつも私を助けてくれて、お母さんに怒られていたときはかならず庇って助けてくれる。自慢の兄だった。実は頭もよくて私よりも将来期待されていたお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの未来を私が奪ってしまった。私が調子にのったからお兄ちゃんを死なせちゃった。あの日は久しぶりに家族で海にきていて。本当に久々で嬉しくていつも以上にはしゃいでいた。スイミングスクールで覚えたてのバタフライを披露させようとお兄ちゃんに手をふる。


「お兄ちゃん!見てて!」
「あんず!あんまり奥へ行くな!」
「大丈夫ー!」
このときちゃんということを聞けばよかったんだ。いまさら後悔したってもう遅い。
「きゃあっ」
「あんず!?」


私の身体が深い海の底へ。足がいうことをきかなくなって、身体が沈んでいく。掠れる視界に、最後に見たお兄ちゃんの顔はよく見えなかった。ただ、覚えているのは掴まれた手の温もりだけ。目を覚ませば泣いている両親。お兄ちゃんは?と問いかければさらに涙を流して
もういないのよ、とだけ告げられた。あの時お兄ちゃんが私を助けにきたがそのままふたりで溺れて危なかったらしい。お父さんと救助の人たちにより、私とお兄ちゃんは助けられたんだと後(のち)に知る。両親は事故だと、私のせいじゃないと、攻めなかったけれど、あれは明らかに私のせい。私がお兄ちゃんを。そう思ったとき、水が怖く、憎くなった。あんなに好きだった水と一体化する感覚も、身を預けてしまえば水に溶け込んで受け入れてくれる感覚もいまとなっては虚しいだけ。それから私は泳ぐことをやめたんだ。私にはそんな資格はない。

みんな、ごめんなさい。