口の悪い先輩
白零高等学校。
白零高校、というのが通称(こっちの方がわかり易いけど)で―――私は此処の剣道部のマネージャーをやっている。
その活動の一環として、という名目で私がつける事にしたのは部員観察日記。
部員を観察するとはこれ如何に、ではない。
人間観察を趣味にすると人生楽しい……と言いたいところだがそれも違う。
マネージャーになったからには、というかやらされるからには、それなりに部員の事も把握しておかなければならないと思ったからだ。
いい訳は正義だと今ならきっと胸を張って言えるだろう。
「オイ馬鹿マネージャー、道塞いでんじゃねえ」
「……わー、朝一から罵倒されたよー」
道を塞いでいたわけではないと断言できるほど、道を塞いだ覚えなんてないが、問答無用で―――というより私を視界に入れた瞬間にそう罵倒してきたのは烏堂先輩である。
此処の三年生であり、我らが剣道部の副将様である。
「いいから退け、それか死ね」
「……」
はい、こういう人です。
二言目には死ねですよ、死ね。
剣道は強いのに正直何が問題かって、やっぱこれだよね、これ。
人を見るたびに罵倒するのは本当にやめてほしい。
「はーい」
でも逆らうとなんだか面倒そうなので、あっさり私は退く―――逃げだと言うべからず、誰かが言っていたんだよ?
逃げるのもアリだって!
「何してやがる、聞こえてんぞ」
「……あら」
どうやら先程までの脳内物語は全て筒抜けだったらしい。
恐るべし烏堂先輩。
まあ、ともかくちゃっちゃと退散しよう。
……そうだなぁ、とにかく日記の一ページ目はこの人の事について書こう。
折角だから大将から順に書きたかったんだけど、遭遇した順番で書くのも悪くない。
「?」
烏堂先輩が奇妙なものを見るような視線をぶつけてくるが、無視。
見えない聞こえない私は知らない。
「オイ」
呼びとめられて振り向くと、なんだかやたら重そうな紙の束を私に持たせる先輩。
「……え?」
「あ? 書類整理はオメェの仕事だろうが」
「ああ、そういう事ですか」
重い。
となると、これは前回の試合の結果だとかスコアだろうか。
重い、と腕が悲鳴をあげる。
こんなものを軽々持っていた先輩をマジで尊敬する。
剣道やってると腕力でも付くと言うのだろうか。
確かに掌は皆マメだらけだけど。
……こんなものをあっさり女子に持たせる先輩はどうかしてる。うん。
と、勝手に納得して部室までこれを運ぶことにした。
書類整理、という事はこの大量の紙束の内容を纏めろと言うことだろう。
ふむ。面倒臭そうだよ。それもかなり。
一応私だってマネージャーなんだ、それなりに頑張ろう。あくまでそれなりに。
「げっ」
自分の踵に躓いてそのまま書類を床にぶちまけた。
あらら大惨事。
「ぎゃ」
顔面から床にダイヴした私は、見事に鼻を打った。
運動神経? そんなものはあったとしても私には無いようなものだ。
だからマネージャーやらされてるわけだけど。
ヒリヒリ痛む鼻を押さえながら、書類をなんとなくの順番で集めている。
「チッ……また転んでやがる」
また、と言われるほど私は転んだ覚えはない。
そして背後からの視線が痛い。
「仕方ないじゃないですか」
と後ろに返して、書類を持ち上げる。
やはり重みがある書類は、その辺にいるような女子である私にはダンベル級(多分1、2キロ)だ。
紙の束だって時として人に牙を剥く―――塵も積もれば山となる、なんて良く言った物だ。
正に、紙も積もれば凶器になる。いつか護身具として発売されてもおかしくない。
背中に軽蔑の視線をいつものように受けながら、私はこれを運ぶ。
なんだろう、最近この視線にも慣れてきてしまった。
末期か、末期なのか?
―――そんな感じの1ページ。
題名には、なんて書けばよくわからないので、取り敢えずそう書く事にした。
烏堂先輩といえば、何か。
とにかく暴言が凄まじい。
事あるごとに馬鹿呼ばわり。
人に平気で軽蔑の目を向ける。
……うん。良くないね、ダメだね、確実に彼に対する悪口になる。
仕方ない―――書きすぎると悪口になるのなら、一言で終えてしまおう。
とにかく、『口の悪い先輩』だ。