我らが大将、と幻聴
……疲れた。
と、一休みする為に私は少し外に出た。
部員達も十分ほどの短い休憩タイムに入っているので、多少休んでもお咎めはない。
あろうことか、この高校にはテラスまである。
一体どれだけの設備を充実させればこの高校は気が済むんだろうか。
テラスに出て、のんびりと風を浴びていると、何処となく見覚えのある後ろ姿が目に入った。
「あ、夜鷹さん」
「ん? あぁ、一条か。どうした?」
「ちょっと休憩してます。夜鷹さんもですか?」
「ああ、少し外に出たくなってね」
何故かこの人には『先輩』と呼ぶのではなく『さん』付けになる。
なんだかこの人は不思議だ。
強豪の大将だからと言って威張る事もなく、後輩虐めをするでもなく、試合に負けた部員に罵声を浴びせたりもしない。
「うわ、綺麗……」
時刻を見てみると、もう六時を回っていた。
空も赤みを帯び始め、地平線には真っ赤な綺麗な夕焼けが見える。
「はは、そうか」
「うわっ!」
いつこっちに来たんだこの人は。
というかデカイ。180……超えてる? うん、超えてる。
気付いたらかなり近くに居て、私の頭をぺしぺし叩くと、テラスから出て行った。
あ、そろそろ休憩が終わるのか。
「そういえば、」
「はい?」
「お前はどうしてマネージャーになったんだ?」
彼は振り向いたかと思ったら、これまた突飛な質問を投げかけてきてくれた。
私がマネージャーなんてやらされている理由?
不純過ぎて笑えるよ。
「えー? 不純な動機ですよ」
「動機なんかいつだって不純だよ」
「あはは、そうですか」
ついつい笑ってしまう。
本当に、不純極まりない理由でマネージャーになったんだけどね。
「でも、言うには少し恥ずかしいですかね」
夜鷹さんはほんの少し首を傾げて笑った。
「童子に転ばされた事か?」
「わーーーっ!?」
なんで広まってるの、おかしいよおかしい。
まさか童子先輩、他の人にリークしたのか。
私がいつも廊下で転ばされてる事を。
「実は見ちまったんだ、悪い」
あ、リークされたわけじゃないんだ。
良かった。いや、良かったけど良くない。
「いや、構いませんけど……うわああああああ」
また一つ私の黒歴史が増えた。
最悪だ。
よりによって、よりによってこの人に見られた……。
「お願いします、他の人には言わないでくださいぃ……」
「さて、どうするかな」
「夜鷹さんまでっ!」
「はは、冗談冗談。バラさねーよ」
「すいません……」
助かった、まともな先輩がこの高校には残ってたよ。
まだ、この高校にはまともな人間がいるという事に安堵しつつ、武道場へと戻った。
×××
そして家に戻って。
部員観察日記を手に取る。
流石に五日間も書いていると、一応、四ページは埋まった。
……見事に今迄のイメージが払拭された人とか、案外恋の悩みが深刻な人がいたけれど。
マネージャーだからやんなきゃいけないんじゃないの、と思ってこんな下らない事始めていたけれど。
始めっから、こんな事をする必要はなかったような気がする。
だって。
案外。
思ったより。
―――なんとかなるような気がしたし。
「俺に転ばされる事が無くなったらね」
「んなああああ!?」
幻聴でした。