握り潰される絵
如何にも日本とばかりの屋敷。その屋敷のとある一室で、一心不乱に絵を描く男が一人。見ればわかるほど周囲の様子に目が向いておらず、ただ黙々と絵を描いては握りつぶし、描いては破きを繰り返していた。
「鏡斎サーン、一旦休んだらどーっすかねぇー?」
「少し黙っていてくれ。今いいとこなんだ」
「あいよー」
男が絵を描いている姿を、先程から遠目で見ていた青年は、そう軽く返事を返して、畳へ腰を下ろす。
「……駄目だ」
「いー絵じゃないっすか。これまた綺麗な姉さんで」
「違う。これじゃない」
「……絵の上手い人の感覚ってわかんねぇなぁー」
あっさり描き手によって握りつぶされる絵に、「あーあー」と残念そうな声をあげる青年。着物の袖をまくって、周りに落ちている紙くずを手に取る。
「どれもこれも別嬪っすねぇー。何が悪いのか全然わかりゃしねぇや」
「琥珀、絵のモデルになってみるか?」
「冗談じゃない。あんた、俺をこれ以上変な奴にする気っすか」
青年、琥珀の返答に「そうか」と短く答える鏡斎。また絵を描こうと筆をとるその姿に、琥珀が盛大に息を吐いた。
「まぁだ描くんすかぁ〜? そろそろ体壊しちまいますよ〜」
「構わない」
「いやいや良くない。せめて食うモン食ってくれ」
「買い物行ってない」
「言うと思ったよ……一応食いモン買ってきてる。さあどれがいい?」
何処から出したのか、買い物袋を引っ張り出した彼は、中身を目の前に並べて満面の笑み。だが―――
「……」
無視された。また黙々と絵を描き始めた鏡斎の姿に、琥珀はあんぐりと口を開けてしまう。
「……このロリコンめ」
「……」
聞こえていないのか鏡斎は一切の反応を示さない。ただ、筆の先に意識を集中させているようだ。筆に含まれた墨が、紙に女の姿を作っていくその様に、感嘆の声を上げる琥珀。
「いいねぇ、俺、やっぱあんたの絵ぇ好きだわ」
現実にいそうで、けれど居ない女の絵。鏡斎が描く絵はいつも綺麗だ、と琥珀は笑う。けれど、其処に描かれた絵は描き手によって握り潰される。
「最近スランプ?」
「……かな。最近良いモン見てないし」
「……やっぱわかんねーなぁー……」
鏡斎が握り潰して捨てた紙を一枚手に取って、広げた。
「あぁ、やっぱ美人ではあるんだけどなあ」
失敗は失敗だ、そう言い返してくる鏡斎に、琥珀は呆れきって溜息を吐いた。