深夜の不幸
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 学校から塾へ直行し、帰る頃には時計の針が既に十時を回っていた。

 「……悪くないね、うん」

 そう言い聞かせて夜道を歩く。黒い夜空を見上げてから、街の様子へと目を映す。空は暗いが、街は異様に明るい。軽く目に痛い。もう少し光を弱くしてくれないだろうか。

 人間は暗いものが嫌いだ。それが夜だろうと闇だろうと、変わらない。人間は、暗いものが怖いんだ。だから、電灯という手段で闇を減らす。そうすれば、怖くないから。

 京都の街は神社、仏閣がかなり多い。理由はよくわからない。そういえば、神社仏閣って、夜に近付くなと言う警告が最近出ているんだっけ。なんだろう、いまどき藁人形でも使った呪いを行う人でもいるんだろうか。丑の刻参り、だったっけ?

 「……?」

 今日は何だか闇のなかに行きたくて仕方ない。いつもなら明るい道を選んであるく私だが、今日は暗い裏道を通る事にした。まるで何かに引っ張られるように、私はその道を選んだ。選んでしまった。

 「……えっと」

 目の前の状況に頭が混乱を抑えきれないでいた。目の前には赤。とにかく赤。あたりが暗いはずなのに、何故か赤だとはっきり分かる。その赤の中心には、着物を着た……人間らしき物体。切り刻まれたのかなんなのか、全身ズタズタだ。何コレ、演劇ごっこ?

 「ア? 誰だ、てめぇ」

 ズタズタの人間、っぽいものの前に立っている、如何にもヤバい人に問われてしまう。ぱっと見二十代そこら。時代外れな事に、この人も……人? も着物。で、顔半分を覆うような木の板……卒塔婆によく似てるけど、流石に卒塔婆を顔面につける奇怪な趣味を持つ人間なんかいないと思う。……つーかこの人、なんか刀持ってんですけど。しかも刀身むき出しですよ、鞘は何処へ。鈍く光ってる刀身には、何か液体がついていた。赤黒い液体……といえば血液以外に思い浮かばない。

 「……いやあの、通行人Aです」

 なんで今逃げようとしなかったのか。それに答えをくれる思考は私のなかには無いようで、こんな馬鹿な答えが出てきてしまった。誰だよ通行人Aって。

 「なにしてるんですか? 演劇ごっこか何かで……」

 んなわけねぇだろと自分に言いたい。口元は引き攣り、足は自然と後ろへ下がろうとする。周囲から色んな視線を感じる。闇の向こうで目がギラついているのが見えた。なんだろうかあれは。
 黄金色の、獣のような淀んだ目。汚れた目。今にも下卑た笑い声でも聞こえてきそうだ。

 「……てめぇ、コイツらが見えてんのか?」

 危なっかしい男は後ろを指して私に問う。そりゃ見えますよ、そう答えると、男の口元が歪んだような気がした。ああもう、なんなんだろう今日は。厄日なのか? そうなのか?

 「丁度いい」

 何が? 何よ、何を勝手に話を進めていらっしゃるんですか、お兄さん。

 「てめぇの生き肝、貰うぜ」

 ×××

 赤い水の中に少女が沈んでいる。時折ピクリピクリと指が動くが、それ以上は動かない。目は既に虚ろで何処にも焦点が合わない。
 それを見下ろす一人の男―――と、およそ人とは言えない姿をした異形達。

 「このまま羽衣狐様の所へ持って行きますか、それとも生き肝だけ引き摺り出して……」

 「いや、こいつはまだ死んでねぇ。新鮮な方がいいだろう……このまま持って行け」

 異形と男が会話を交わす。その声は少女に聞こえない。
 自分の血で出来た水たまりに沈んだ少女は、ぱくぱくと口を開閉させ―――

 ―――何コレ、なんかの冗談じゃないの? 悪い夢でも見て……。

 思考するうち、彼女は気付き、理解する。
 最近妙に行方不明者が多い事や、突然神社仏閣に近寄るなと言われた理由。そして、自分が置かれている最悪の、悪夢のような状況。更に、人が闇を恐れる理由に。

 気付いたところで、今更どうにもならないけれど。

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テーマ「人外ファンタジー」
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