狐の語り合い
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 ―――なあなあ羽衣狐ちゃんよお。

 また貴様か、懲りんな。

 ―――はは、いいじゃないか別に。俺はやる事なくって暇なんだよ。

 妾は忙しい。早う消えんか。

 ―――嫌だね。俺は現代でいうトコのストーカーって奴だし、そう簡単には消えないよ。

 迷惑な奴じゃ。何百年も御苦労。

 ―――いーじゃないか。あんたは毎度毎度時代に合った美人に憑くなァ。はは、いいねぇ。

 それは褒め言葉と受け取っておいてやろう。お主、人の姿は見ると言うのに、自身の姿は見せんつもりか?





 「はは。こうやって会うのは久しぶりだな、羽衣狐ちゃん」

 黒に彩られた部屋に降り立つ人間。青白い光が彼の体から漏れている。およそ人とは言えない狐の耳に、野性的な黄金色の瞳。その瞳が、目の前にいる黒髪の少女をじっと見据える。

 「その呼び方は止めんか。空狐」

 少女、といっても十代後半の容姿をした彼女は、椅子に座った状態で腕を組んでいた。彼女が座る椅子も、着ている服も、履いている靴も、黒い。

 「俺を空孤と呼ぶなら、俺はお前を羽衣狐ちゃんと呼ぶ」

 白い袖を振り、けらけらと笑い声を上げる空孤。彼が少し動くたび、彼の右耳についた耳飾りの鈴がからりと音を立てる。涼やかだが憂いを帯びた表情に、笑みが刻まれた。

 「……琥珀」

 「あ? なんだ、羽衣狐」

 名を呼ばれた事で、彼は少し嬉しそうに頬を緩める。

 「今すぐ妾の前から消えろ」

 「あはは! 何を言い出すかと思えば……九尾の狐如きが生意気じゃあないか?」

 羽衣狐と呼んだ少女の元へ近付き、琥珀は彼女の顎を指で少し上向きにする。彼は暫く羽衣狐の顔を見つめ、やがて口元を歪める。

 「やっぱ別嬪じゃないか。さてはお前、依り代を容姿で選んでるな?」

 「貴様に話す必要はなかろう? 千年以上同じ姿をしている貴様に、依り代の事を言われる筋合いもない」

 「はは、元々俺だってタダの狐だぜ。長生きしてたら勝手に空孤にランクアップしたんだ」

 「随分とこの時代の言葉に詳しいな」

 「長生きしてっと適応が早くなるんだよ、いつまでも古風な喋り方続けてるお前と違ってな」

 ピク、と羽衣狐の眉が動いた。少し苛立ったのか、その漆黒の瞳からは敵意が感じられる。その意思を感じ取ったのか、琥珀は彼女からすぐに距離を取る。

 「おーおー、怖いねぇ」

 口ではそう言う彼だが、その表情は笑顔以外の何ものでもない。ただただ楽しそうに口元は弧を描き、瞳は細められている。

 「そうそう、そういえばさ」

 話を変えようと、琥珀は切り出す。

 「そろそろ京都の封印、崩しにかかるんだって?」

 その言葉に羽衣狐はふっと笑う。うむ、と頷き、彼女はテーブルにおかれたティーカップへと手を伸ばす。湯気が立つティーカップの中身を口に含み、彼女は妖艶な笑みを張り付けた。

 「楽しみにしているが良い。少しずつ……だが確実に、京の封印は崩れよう」

 「まーた、あのぬらりひょんが邪魔しに来たりして♪」

 「その時は奴を殺す。もう二度と……邪魔はさせぬ」

 彼女の声が殺気を孕み、瞳は鋭くなった。忌々しい、今にでもそう吐き捨てんばかりに顔を歪めている。

 「お主もじゃ……万一、邪魔をするようなら」

 「邪魔はしない。俺はあくまで傍観者だよ」

 にこっと微笑む琥珀。そう、あくまで彼にとっては関係のない事なのだ。羽衣狐が人を何百人と殺そうが、京都が壊滅の危機に瀕しようが、彼自身に危害がない限り、所詮は対岸の火事に過ぎない。

 「俺の縄張りさえ穢さないでくれればそれでいい……。お前の部下みてぇな不浄の連中には入ってこないでほしいね」

 「ほう?」

 「ま、別嬪は別だけど?」

 じっと羽衣狐を見つめる琥珀。

 「妾は行かぬよ、貴様の縄張りなど……入りたくもない」

 「言ってくれるねぇ!」

 腹を抱えて彼は笑う。こんなやり取りは、何百年も前から彼らの間で交わされてきた。年齢としては空孤である琥珀の方が上なのだが、羽衣狐はそれを気にしない。

 「……酔狂な事じゃ」

 「あん?」

 「いいや、なんでもない」

 首を横に振り、彼女は再びティーカップに口をつける。

 「お嬢様、お客様がいらしてます」

 「そう。すぐ行くわ」

 部屋の外からの声に羽衣狐は返答し、席を立つ。そのほんの一瞬、目を逸らしたすきに、琥珀の姿は忽然と消えていた。その事に羽衣狐が気付いたのは部屋を出ようとした瞬間だった。

 「……フン、いつまでも変わらんな」

 気ままに訪れ、気ままに消えた彼に、彼女は唇に弧を描いた。

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