そもそも、であった。
そもそも、私みたいな普通人が、あの人のような完璧美少女と釣り合う―――というと、なんともまあ読んでいて気味の悪い文章なのだけど、ともかく私は、彼女のその完璧さに惚れていた。
惚れていた―――といっても、恋情などでは決してない。
何せあの人は女だし―――私だって女である。
始まりは、中学時代だった。
とある角で、私の不注意の所為で彼女にぶつかってしまったという失態を犯してしまったあの日だ。
「っ、すいません!」
思わず―――といった感じで私は勢いよく頭を下げた。
この人は私よりも上の人だと瞬間的に感じ取ったからでもある。
「ああ―――いや、構わないよ。僕はそんな細かい事を気にするような、ねちっこい乙女じゃないんだぜ?」
僕?
いやいやいや、この人確か女子の制服着てたよな―――と、私は下げていた頭を、彼女を確認するために上げた。
そして―――動けなくなる。
思わず、見惚れてしまった。
綺麗な人だ―――それもあったけれど、それ以上に。
その黒い、全てを平等にしか見ていない瞳に見惚れてしまったのである。
腕には、『副会長』と書かれた腕章―――生徒会の腕章があった。
生徒会―――此処、方舟中学の生徒会の、腕章だ。
確か―――……誰だっけ。
彼女は全てを平等にしか見れない瞳を楽しげに細めて、「ふぅん」と呟く。
その何気ない一挙一動さえ、美しい。
いや、可愛らしいでもいいのかもしれない。
どちらにせよ、褒め言葉に変わりは―――絶対に、ない。
彼女は表情をころっとすぐに変えて、なんとも楽しそうに、
「ところで君! 怪我はないかい?」
唐突にそんな事を訊かれて、一瞬だけ頭が真っ白になった。
一体なんて答えるべきなんだろう。
そうだ、何も思い浮かばないときは、いつもと同じように―――と。
私は、いつものように笑みを浮かべる。
「いいえ。貴女にお怪我はありませんか?」
「僕―――かい?」
ううん―――なんて唸って、彼女は自分の体をある程度見て確認する。
中学生らしいといえば中学生らしいが、しかしその動作は―――慣れているというか、どうにもつまらなさそうというか。
否。
彼女は飽きている。
「どうやらないみたいだよ。ああ、そうそう―――廊下は走っちゃいけないんだぜ?」
「え、あ、はい! 気をつけます……」
クスッ、と安心院さんは微笑んだ。
それはまるで幼い子供を見ているような瞳で、しかしその瞳に私に対する関心は全くの皆無で―――それは少し切なかったっちゃあ切ないが、今この時、彼女が私を見てくれているという事実が―――あまりに嬉しすぎた。
「……僕の事は親しみを込めて安心院さんと呼びなさい。いいね?」
「―――はい」
これではあまりに従順な犬だ―――などと心中自信を貶し、しかしながら幸福感で胸が詰まって行くのがわかり、妙に自己嫌悪する。
彼女は「あはは」と愉快そうに笑いながら去っていく。
軽く手を振りながら歩いていく彼女からは鼻歌さえ聞こえて―――どうやら、私は彼女のお楽しみの時間を邪魔したらしいと自身を嫌悪して、しかし幸福感に包まれる。
異常―――というより、元より私は好きになったものには何処までものめりこんでいく性質で、それが人であれ物体であれ現象であれ勉学であれ、自身が飽くまでのめりこむ。
だから。
今、この瞬間でさえ―――彼女が愛おしい。
あまりにのめりこみ過ぎて、周りが見えなくなるのは悪い癖だったけれど―――こうなることは、なんとなく予期していた事でもあった。
足蹴にされるのも嫌われるのも気味悪がられるのも―――もう、慣れっこだったはずだけど。
嫌、だなあ。
彼女に嫌われるのは―――凄く、嫌だなあ。
なんて思っていても、内心私が喜んでいるのは秘密―――いや、安心院なじみには、あの人には、もう気付かれている気がするんだけどさ。
人とか性別とかどうなっても良いくらいに私は彼女に陶酔している。
自分で嫌悪するほどに陶酔している。
彼女を愛そうとする自分に、腹が立つ。
愛している。
それは―――変わりようのない事実だった。
それは例え、彼女に殺されるという、今現在の状況があったとしても、それは絶対に変わらない。
だって彼女は私にとっては神で。
彼女と言う存在は、私の全てだったから。
だから、殺される今さえ―――愛おしいのです。