冬なんて大っ嫌いだね
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 もう日も沈みかけたこの時間―――二人の男女が、教室に残って何やら会話を交わしていた。
 男のほうはジャンプSQを、女のほうはジャンプを片手に持っているという奇妙な光景で、挙句彼女のほうは顔が完全に興味なし状態だ。
 二人は向かい合う形で席に座っていて、男のほうが何やら一方的な論議を繰り広げていた。……目を全く合わせない状態で。

 「だからー週刊でやっててせかせか急いで描いてるジャンプより、一か月かけて細かいところまでしっかりかいてて話がブレたりしないSQのほうがジャンプに比べて遥かに漫画の質も絵も綺麗だと思うのよ。そもそも一週間だけなんて考えられないし? 話も期間も短いし、まあ話も色々おかしくなって挙句連載終わっちゃうなんてことよくあるでしょ。それを難なく回避できるのが月刊連載なんだよ……って、もう君聞いてないね。というか私を話を聞くつもりさえないよね」

 「だって長いんだもん。鶴喰鴎君」

 呆れきった口調で女は言って、数学の参考書をぺらぺらと面倒くさそうに開く。
 鶴喰鴎と呼ばれた男は、彼女が何をしているかなど意に介さず、

 「私はバーミーと呼べと何回言ってるだろうね、全く君の脳は私の名前一つ覚えられないほどに許容量が小さいというのかい?」

 「だから覚えてるって。『鶴喰鴎』でしょ?」

 「バーミーと呼べって、この会話も一体何回目だい? 零」

 呆れたように肩を竦める鶴喰だが、例の如く零は「さあ」と答えるばかり。
 そして、開いていた参考書を睨みつけていたが、やがて首を傾げて、

 「で、これってどうやって解くの?」

 「ん? ああ、数学ね……確か連立方程式のときは代入法と加減法が使えるんだけど、y=5x+4ってなってるから、代入法の方が簡単かな。で、それを2x+8y=14の、8yのyに代入して……これからはわかるよね」

 「あー、うん」

 かりかりと問題を解いていく彼女を見ながら、鶴喰鴎は溜息を吐く。
 なんでこんな日に、この子と教室に残っているのだろう、と思考する。
 始まりは確か、今から一時間近く前だったか。
 零の「勉強教えてー」から始まり、ジャンプ論議を繰り広げ、今に至っているんだったと思う。
 というか、別に今日じゃなくても構わないと思うんだよ私的には。
 ふと、外へと目を向けてみると、日は傾き、暗くなり始めている。

 「そろそろ帰った方が良い気がするんだけど」

 「うん? 今何時? って外暗いね……」

 零も窓の向こうの景色を見て、あらあらとばかりに呟く。

 「今は六時半でおまけに冬だからね。日が沈むのも夏より早いよ」

 「げっ、ゴメン鶴喰。なんか相当時間喰わせたね」

 「良いよ別に―――でもまあ、君は今日が何の日なのか考えてから人に提案をするといいよ。ていうか、バーミーと呼びなさい」

 「何が? てか、呼ばないからね」

 突然よくわからないことを言った鶴喰に、零は帰りの支度をしながら首を傾げる。
 せっせとペンケースやら参考書やらをスクールバッグに突っ込んでいる零を見ながら、鶴喰は自身のスクールバッグからペットボトルを取り出しつつ、

 「十二月二十五日。つまりはクリスマスなワケだけど―――」

 「いいじゃん。どうせあんたボッチでしょ」

 零の容赦ない言葉に飲んでいた茶を吹き出しかけ、ゲボゲボと咳き込んだ。
 しまったとばかりの顔をしながら、零はせき込む鶴喰の背をぽんぽんと軽く叩く。
 やがて咳が落ち着くと、深呼吸を繰り返して、

 「絶対に君は人のこと言えないね!」

 「人を好きになる時は上履きから好きになるような奇人を好きになる人もあんまりいないだろうしね」

 「君も否定してないようだけど」

 「あは。だって否定できないし?」

 鶴喰の追及に特に機嫌を損ねるでもなく、寧ろ零は楽しげに笑う。

 「其処の二人! もう下校時間過ぎてるぞ!」

 廊下のほうから声がしたので、「はーい」と零は適当に返事を返す。
 恐らく教師が巡回だとか言って見周りを始めているのだろう。

 「じゃ、そろそろ帰ろうよ。鶴喰」

 「だからバーミーと呼びなさいってば」

 「嫌♪」





 「出たくない出たくない出たくない出たくない……」

 「……いやあのね、私が大人だからこうして君が校舎から出てくるのを待っているわけだけど、そろそろ帰らないと私的にも色々大変なわけなんだけど。それこそもう少しで七時になってしまうわけだけど、何が何でも君は校舎に留まっていたいようだね」

 「なんとでも言えば……うう」

 ぶるっと震えて、外に出るのを嫌がる零。
 嫌だ嫌だと呪詛が如く勢いで唱え続けていて、何処かの宗教団体に属している女の子のような感じになっている。

 「なんで女子の制服って冬でもスカートなんだろうね?」

 「取り敢えず心底寒いんだとは察したから、さっさと出てきてくれないかな。目立つんだけど。というか、なんで君はコート一枚も持ってきてないのよ」

 「クリーニング出してたんだよ。というか、いっそ先に帰ってていいよ……冷えが収まったら帰るから」

 零が言っていることを聞きながら、鶴喰は空を見上げる。
 白いものがちらちら降っているあたり、気温が大変なことになり始めているらしい。

 「いや、そもそも私は大人だから、女の子を独り残してさっさと帰れるほどの根性は持ち合わせていないのだけど、女の子一人置いて先に帰るような奴は最早男とは呼べないんだよ―――良いから早く出てきてくれない? 雪なんか降ってるよ、雪」
 
 「あー……そういえばあんた男か……。いえい、雪だそりゃラッキー……」

 あはは、と笑う彼女に最早気力なんてなくて、こいつは絶対冬はコタツにもぐってるタイプなんだなと鶴喰は勝手に思う。
 いやだって、校舎の外も中もあんまり変わらない筈なのにいつまで経っても出てこようとしないからね、この子。

 「だから先に帰れってば……色々巻き込んじゃったっぽいし」

 「別にクリスマス如きどうなろうと知った事じゃないさ。日本人は大半が仏教徒のくせに何故かこの日はクリスチャンに変貌するってだけだし? それに私は大人だからそういうことに特に興味もないし? 問題はいつまで経っても君が外に出て来ようとしないことであって……」

 説得はもううんざりだとばかり、鶴喰は何が何でも校舎に留まろうとする零の手を捕まえて、ずるずると強引に、雪が降り始めた外に引き摺り出した。

 「ちょ、待って……寒っ!」

 「これ以上時間が経ったらもっと寒くなるところだったというのに、暢気なものだね―――学校で凍死したいって言うんなら話は別なのだけれど」

 「うぁ……ごめんなさい」

 なんだか怒っているらしい。
 そりゃそうだ、だらだら勉強につき合わせた挙句寒いだなんだと文句を言って何故か待たせてしまったのだから。
 というか、さっさと先に帰ればよかったのに。

 「ところで鶴喰君」

 「だからバーミーと……」

 「手首が痛いです」
 
 「ああ、ごめん」

 手首をがっちり掴まれて実は結構痛かったりする。
 訴えてみるとあっさり手を離してくれて、動くようになった手首をくるくると回す。
 そんな感じで動きを確かめていたら、今度は手の方を掴まれて―――

 「?」

 「こっちならそんなに痛くないと思うんだけど」

 暖かい、とは素直に思うのだが―――

 「いや、手を繋ぐことに意味が?」

 疑問を投げかけてみると、相変わらず目を逸らしたまま、

 「――――」

 何か言った気がしたが、生憎声が小さい所為で聞こえない。
 よし、もう知らん。なるようになるだろう、と歩いていたわけだったが。

 「なあ鶴喰君」

 「……なんだい」

 なんか声が小さいぞ?

 「若干顔赤いけど、大丈夫? 風邪?」

 「私的にはさっき言ったことを完全完璧にスルーされた事のほうが重大な問題なのだけど。聞こえていなかったんならもう一回言うのはかなり癪なわけだけど。大人としてはちゃんと聞いておいてほしかった言葉なのだけれど―――」

 「ごめん、全っ然話が見えんよ鶴喰君」

 「きっと君はまた聞き逃すだろうから言わないでおくとするよ、……だからバーミーと呼びなさいと言っているよね」

 「あはは、嫌♪」

 ころころ声をあげて笑うけれど。
 なんだか楽しそうに笑うけれど。

 もし、さっきの言葉を君が聞いていたら。
 一体、どうなっていただろうね?

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