これだから神サマって奴は
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 結論。
 ふざけてんのかクソ神サマ。

 ×××

 「……」

 ふむ、と青年は一人頷く。
 一人きりの部屋のなか、ベットに座りながら窓の向こうを睨んでいる青年の銀髪が、月光を受けて細やかな煌きを見せる。少しばかり青白く見える肌は、この月光の所為だ。強いて言うのなら、目の下の隈が落ち窪んできているのも、顔色の悪さに起因するのかもしれない。ここ数日というもの、彼は寝不足なのである。

 「暇だな……」

 銃を指で弄ぶが、退屈が消えてなくなるわけではない。彼のベットの横には分厚い本が山づまれているが、彼は全く興味を示さない。借り物のこの本はもう既に読破済みであり、最終的な展開も知っている。哀れな死に方をした主人公、その道連れによって死ぬ悪役、といった、ありたきりな展開だった。実につまらない。
 やがて彼は、退屈を払拭しようとするように突然立ち上がる。つまらないのなら、何をするか―――動くしかないだろう、という、彼が最も選びたくなかった選択をしたのだ。
 この建物の中に、トレーニングルームなるものはない。自室で腹筋や背筋を鍛えるか、この建物中を走りまわるか、外に出て少しリラックスするか、といった選択程度しか出来ない。自由はほぼ皆無。此処では下手に酒も飲めなければ、女と遊びに行くのも無論、厳禁である。もしも、彼が休暇に入っているというのなら話は別になりそうだが、彼に休暇と呼べるものは無いし、仮に女と遊びに行くにしてもそもそもその女が居ない。全くの別問題なのだ。

 「やっぱ面倒クセェ」

 運動をしようかと思ったが、いざやろうとするとなかなかに面倒臭い。バタンと糸が切れたようにベットに倒れ込み、ゴロゴロとひたすら寝がえりを打つ。そんな事で眠れるとは思っていない。動きたくないが、しかし退屈なのは嫌だ、という思考に入ってしまったらしい。このままでは面倒臭いが動きたくないさあどうしよう、という思考の無限ループに突入してしまう。それは自覚しているし、そんな事になったら余計眠れなくなってしまう事は目に見えているのだが、退屈というのは好きじゃない。暇も嫌で、退屈も嫌なのだ。我儘もいい加減にしろと、天国に居るであろう両親から鉄拳が飛んできそうだ。とはいえ、そんな事はどうやってもありえないのだが。

 「ブレイズ!」

 「……ん」

 突然大きな物音がしたと思えば、扉を勢いよく開けて少女が入ってきた。その少女は艶やかな黒髪をツインテールに結っていた。彼女が動くたびに髪が波打って、月光を反射する。人形さながらに整った顔立ちの少女の事を、青年、もといブレイズはよく知っていた。彼女の胸にあるローズクロスが光を反射し、ブレイズの顔を直撃する。眩しそうに目を細めながら、彼は軽く手をあげた。

 「よ、リナリー」

 数日間眠れなかった所為ですっかり声が死んでいるが、それでも口元には笑みを作る。流石に無愛想じゃ悪いだろう、という有っても無くても変わらないような、ちょっとした気遣いのつもりだ。とはいえ笑っているのは口元だけなので、少しばかり不気味である。

 「……もしかして寝てないの?」

 「ご名答」

 少女、リナリーはかなり察しが良かった。ブレイズの顔色の悪さと目の下の真黒い隈を見るや、何故彼がこんなにも顔色が悪いのかというのを一発で言いあてたのである。
 はっはっは、と力なく今にも死にそうに笑いながら、死にかけの彼はベットから起き上がった。

 「で、何? 何かあったのか?」

 「ううん。ブレイズが帰ってきてるって聞いたから、様子見に来たの」

 顔の前で両手を合わせてリナリーは微笑む。その笑顔はオーバーに言うなら天使のそれであり、この笑顔の所為で彼女の兄は重度のシスコンなのだろうかと思ってしまう。

 「ああそっか、任務行ってたんだっけ」

 「えぇ。……今回のもやっぱりハズレだったけどね」

 「殆どハズレだけどな」

 あっけらかんと彼は言ってしまう。正直、任務だなんだといった面倒な事は嫌いなのだ。任務でなくても、面倒な事は全て彼の敵だ。

 「…………」

 「……えっと」

 話題が無くなるとシンとした空気に戻る。何処か重苦しくさえあるこの空気を払拭しようとリナリーは思考するが、ブレイズと共通した話題が見つからない。武器の話であればブレイズは乗ってきてくれるだろうが、リナリーは武器についてそんなに詳しくない。

 「……悪い、話題無ぇわ」

 先に音を挙げたのはブレイズだった。無理だと、正直話題なんかありゃしないと。

 「……そうね」

 苦笑しながらリナリーも頷く。彼女も同様で、話題などいくら考えても考えつかなかった。共通の趣味なんて持っていないので、当然と言えば当然の事だが。
 不意にリナリーがブレイズの机へと目をやる。すっかり物置同然になってしまっているが、一応机としての機能は果たしているようで、ペンと紙が置いてあった。紙が真っ白なままな事は何も言わないとして、リナリーが視線を奪われたのは、机の上に大量に置いてある荷物の上にある、袋に入った何かだった。

 「これは?」

 袋を手にとって、袋の口を開けてみる。なかに入っているのは只の砂だ。

 「科学班に持って行った、イノセンスだったもの」

 「! じゃあこれは……」

 「どうにもなんねぇとよ。ま、近々海にでも撒いてくるさ」

 「えっ……ブレイズのイノセンスは? え? ちょっと待っ……え?」

 少し混乱してしまったリナリーが、袋とブレイズを何度も交互に見る。が、ブレイズの枕元には黒い銃が二つ置いてあるし、彼の武器が壊れた結果ではなさそうだ。ならば、この砂は一体誰の物だと言うのだろう?
 わけがわからないとばかりの表情をしているリナリーを軽く笑うブレイズ。

 「ほっとけほっとけ。考えるだけ無駄って奴だよ」

 明るい表情を見せている彼を見ていると、このイノセンスの残骸の事はそんなに気にとめなくても良いような気がしてくる。けれど、気になる物は気になるのだ。このイノセンスは一体誰のものだったのか。そして何故、ブレイズがこんなものを部屋に置いているのだろうか。

 「あ? どうしたよリナリー」

 「いえ……なんでもないわ」

 袋の口をギュっと閉めて、机の物のなかで、比較的安定している物の上にそうっと乗せる。下手なところに置いたらこの物の山が崩れかねない。
 ふと気付いた時には、ブレイズの顔が扉の方を見て引き攣っていた。なんだろうとリナリーも扉に視線を向けてみると、扉の隙間から覗いているメガネのレンズが見えた。

 「兄さん!?」

 流石にぎょっとした。扉の隙間からじっとこちらを覗いているらしいメガネの正体に驚きつつ、この人は一体こんな所で何をやっているんだろうかと、素直に疑問である。

 「リーナーリーぃ……」

 「どうしたの? 兄さん」

 あくまで平静を装って、扉の隙間から覗いている人物である自身の兄に問いかける。リナリーの声は優しく、表情も笑っているが、少し焦っているようにも見えた。

 「何でブレイズ君と一緒に居るんだい……? しかも夜中に男の部屋で……」

 低いその声には少なからず嫉妬もあるのかもしれない。この兄はそういう人であり、何よりリナリーを溺愛している。その事はブレイズも良く知っていたし、リナリーが部屋に来るとこいつが付きまとって来ることも良く知っている。そして経験済みだ。

 「……えっと」

 リナリーの視線が右へ左へと泳ぐ。助けてという意を込めてブレイズを見るが、彼は首を横に振るばかりで、助けは期待できなさそうだ。

 「とにかくブレイズ君! 君は任務があるんだよ!! 僕の所に来いって言ったじゃないか!」

 バーン! と勢い良く扉を開けて入ってきたリナリー兄。巻き毛が特徴的な彼は、メガネをかけ直しながら、片手に持ったカップのコーヒーを啜る。部屋がコーヒー臭くなってきて、ブレイズは僅かに顔を顰めた。

 「リナリーを襲おうとした事は例外的に見逃してあげるけどね……」

 「襲おうとしてねぇ。そもそも興味ねぇし……あんたみたいに妹を溺愛してる奴はそんな居ねえと思うぜ? コムイ」

 そう返すと、リナリー兄、改めコムイが「ボクの可愛いリナリーに興味が無いだって!?」と怒鳴ってくる。興味があるといったらそれはそれで「ボクの可愛いリナリーに触るなぁー!」とかといって怒ってくるのだろう。結局、どう答えても怒鳴られるのである。

 「なんだよリナリー」

 「……別に?」

 先程「興味ない」発言をした時から、リナリーにジト目で見られていたわけである。ブレイズは何故そんな目で見られなけりゃならないのかと思考を巡らすが、女心なんて男に理解できるわけがないので、断念する。

 「とにかくブレイズ君!」

 「あ、はいはい」

 コムイは再びメガネをかけ直す。どんな性格の人間でも、メガネをかけ直す動作をすると一丁前に見えるのは不思議である。

 「いつまでも寝てないで早く仕事に行く!!」

 「……寝てないんだけど」

 イライラして数日間寝れなかったんだとゴネたところで意味はなさそうだ―――なんとなくそう察して、ブレイズは渋々立ち上がる。そしてコムイから数枚の紙を受け取り、ざっと目を通す。

 「今回の移動って汽車か?」

 「うん、そうだよ。今回探索部隊(ファインダー)は二人くらいついて行かせる予定だけど」

 「探索部隊(ファインダー)要らねえ。俺一人で行く」

 ふーっと息を吐き、コムイとリナリーを部屋から追い出す。着替えるのに人が居たら鬱陶しいのだ。それとなんだか気恥ずかしい。偶に女々しい呼ばわりされるのもこの所為かもしれない。
 着替えると言ってもズボンを換え、上に黒の短いコートを羽織るだけだ。彼が羽織るコートは彼の職業ならではのもので、胸に鈍く輝くローズクロスが付いているのが特徴だ。両腿にホルスターをつけると、枕の方に置いてある二つの銃を、それぞれ右腿と左腿のホルスターに装備する。紙がぼさぼさである事と目が眠そうなのはどうにもならないので、放置する。

 「さてと、ぼちぼち行くか」

 その数日後。

 「マジふざけやがってえええええええ!!」

 「待てヤエクソシストォ!」

 この惨状である。
 任務場所に行こうと移動している最中、森の中で一眠りしようかと思ったら突然襲撃を受けたのだ。襲撃者、というより、襲ってきたのは人でもなければ獣でもない、人工的に作られた兵器である。頭が猫のような形をしているクセに、胴体は蟷螂によく似ている―――しかもその腹部には人間の顔面と来た。サイズはブレイズの三倍くらいだろうか。腕らしきものは巨大な鎌で出来ている。そんな不気味な物がもうスピードで追随してくるのだから、堪ったもんじゃない。
 木々の枝を掻き分け、右手を右腿に付けたホルスターの中の銃に伸ばし、一方の手も同じ事をする。両手に銃を持った時、ブレイズは口元に弧を描く。

 「―――発動」

 銃口が仄かに翡翠色の光を帯びる。その光は徐々に銃全体を包んで行き、銃の色を銀へと変えた。

 「なんだァ!? 逃げんの止めたのかよォ!?」

 後ろに居る猫頭の怪物からの逃亡を止め、太い枝の上から動かなくなったブレイズ。彼の口元に笑みが浮かんでいる事に気付けば、この異形は追随を止めたのだろうか。それもそうだろう―――この異形は、人を殺す為に存在しているのだから。
 くるりと彼が突然振り向いた。その表情に、異形はほんの一瞬凍りつく―――けれどそれだけだ。ブレイズとの距離が残り数メートルとなった時に、異形は腕である大鎌を振りかざした。

 「死ンじまエ!!」

 「―――てめーがな」

 「!!」

 至近距離でブレイズは引き金を引く。彼の銃は光を放ち、ほんの数十センチと迫っていた異形の体を貫通し、異臭を放つ血のような物を撒き散らした。一発銃を撃つや、ブレイズはすぐさま距離を取る。瞬間、異形が爆発した。

 「フン……」

 爆風を受け、眩しい光を受けながら周囲をぐるりと見回す。どうやら、この付近にはもう先程のような異形は居ないようだ―――と思っていると、森の更に奥深くで、何かが動いた、気がした。ガサガサと音を立てているので不審がって凝視していると、少しずつ音が近づいてきた。微かにしか聞こえなかった音が、やがてハッキリと聞こえるようになり、すぐ近くへと来ている事がわかる。
 出来る限り任務を早く終わらせて、次の任務に行きたいため、警戒を強めて敵がいつ襲ってきてもいいように身構える。体勢を低くして、耳を澄ます。目は自然と鋭く尖る。
 ぱらりと頬に何かが落ちてきた事をきっかけに、上をそっと見上げてみる。

 ―――オイオイ、マジかよ。

 上には大量に異形が居た。ボール型の物から、先程のネコ頭にも似たような歪な異形、全身に鎧を着た人間のような異形。
 そして、結論に至るワケだ―――。

 ―――ふざけてんのか、クソ神サマ!!

 空に浮遊する異形の大群に、ブレイズは引き攣った笑みを張り付けた。

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