やればできます。
別に、急いでせかせか物事を進めるのが嫌いなわけじゃない。
いつもだらだらしている所為か、周りに機敏に動けない奴じゃないかとかなり頻繁に言われてしまうが、違う。
自称に過ぎないが、絶対にそういう事は無い。
私は、別に動けないわけじゃない。
とはいえ、先日淡島さんに一時間……半刻? ひたすら動かされたのは堪えた。
「……」
筋肉痛がおかげで酷いです。
二の腕は奇妙に痛むし、腿なんか一定の高さ以上あげる事が出来ない。
……良い事なしとはこの事か。
「……やりたいように、後悔の無いように、ねえー」
自分が妖怪となった日に定めた目標。
それは、後悔が無いように生きていくという事。
強いて言うなら、『今度こそ』後悔が無いように……後悔を、しないで済むように。
なんて大層な物を掲げたは良いが、こんなの達成できない気がする。
「お前また此処にいたのか」
「あ、イタクさん。どーも」
「仕事はどうした?」
「……えーっと」
わかり易すぎる反応を見せた涼華の襟首を強引に掴み、青年―――イタクは歩き出す。
「自分で歩きます、歩きますから! 首っ、絞まってるっ!」
「……」
訴えると案外あっさり離してくれる。
けほっと一回せき込むと、何故か咳が悪化した。
「情けねぇな」
「良く言われてます」
思い出せば、妖怪になる以前から「情けない」や「もう少し真面目にやれ」などと言われ続けていた。
未だに改善できていないあたり、やはり自分は物事に対して真面目に取り組めない奴なんだなと再認識する。
「……あれ、何処に行こうとしてたんですか?」
およそ平らとは言えない岩や石がむき出しになっている道を危なっかしく進みながら、涼華はイタクに尋ねる。
「……。料理係の妖怪が寝込んだから、お前を呼んでこいだと」
「さような……」
「逃げられると思うな」
またしても捕まってしまう涼華。
「ごめんなさい……」
半泣きになって、謝るしかなかった。
×××
「えー……何人でしたっけ、百人前?」
「それくらいだな。後から冷麗と紫も来る……下準備だけは済ませておけ」
「はーい」
いざ仕事をやるとなると、背筋が伸びた。気がする。
今日は魚料理が主となるらしく、秋刀魚が大量にあった。
百人前ほどの料理を作る場所とあって、調理場はとても広い。
人間が軽く二十人は収まるであろうこの場所には、窯と大鍋がある。
後、魚を焼くための金網。
下準備は済ませておけと言われたが、下準備という下準備が今回は無い。
何せ秋刀魚と金平牛蒡である。わざわざ人の手を借りるまでもない。
「切るの面倒臭い……」
トントントンと小気味よく調子を刻んで、牛蒡を綺麗に切っていく。
「……」
トントントントントンとひたすら同じ音が聞こえてくると、涼華の顔が僅かに歪む。
牛蒡が刻まれていく音と比例するように、涼華の表情は険しくなる。
つまらないのと、同じ音が聞こえてくるとイライラするのとで、やがて彼女の短い堪忍袋の緒が切れた。
「……頭きた」
刻み終えた牛蒡だけをザルに移し、残っている牛蒡を宙へと放り投げる。
すぅっと彼女が息を吸い込むのと、宙へと舞っている牛蒡が切り刻まれたのは同時だった。
「っしゃ」
軽く風が吹き、牛蒡をザルのなかへと納めていく。
「あとは、と」
自然と口元が緩む。
楽しくて仕方が無いのだ。
「秋刀魚と、味付け、か!」
珍しく気合の入った声で、彼女は笑顔を見せた。
×××
「おお?」「なんかいつものと違ぇ」「そらそうだろ」「作ってる奴が違ぇからな」「涼華がやったんだって?」「珍しい事もあるもんだ」「うめえな、結構」「結構は余計です……」
ざわめく妖怪達の声に、涼華は苦笑した。
まさかここまで『何もしない奴』だと思われているとは露知らず。
途轍もなく驚いている半面、私はやればできるんだと思っている部分もあり。
―――不味くは無いらしいし、良かった。
いつも通りに飯を喰らう妖怪達の姿を見て、こっそりと笑った。