私の立場は弱い
此処は遠野。
妖怪のなかでは良く名の知れた、妖怪の里だ。
妖怪の里、というより、厳密に言うと妖怪忍者の里、だったか。
この遠野にいる妖怪たちは、土地柄も相成ってか精鋭が多い。
私も私で、ちょくちょく修行なんかをやらせてもらっているわけだが、私の性質というのか、どうにも真面目に取り組む事が出来ない。
「お前なぁ! ちょっとは真面目にやれって言ってんだろ!」
と、頭に拳骨を喰らうのだって、日常茶飯事だ。痛い。
「真面目に出来ないんです……寧ろ真面目に取り組む方法を教えてください!」
なんて言ってみれば、「何言ってんだこいつ」とばかりの視線をぶつけられる。
なかなかに悲しいな、この視線は。
そして何故刀を抜くんですか。抜刀やめて!
「ちょ、ちょ、ちょっ!」
「一回刺せば真面目にやるんじゃねぇのか〜!?」
「酷いっ!」
「なら真面目にやれ!」
こうやっていっつも私を叱りつけてくるのが、淡島さんといって―――えーえーえー、なんていうのかな、兄貴ーって呼びたくなる人。
何故かいっつも口に本人曰く『道端に咲いてる一輪の花の花の無い奴』―――つまるところ植物の茎を咥えている。
さっきから私私と、テメーは誰だよオイと思っている人もいるんじゃなかろうか。
ていうかいるでしょ、きっと。
……失礼、希望が入った。
思ってる人、いたらいいなあ……。
自己紹介はしない割に他の紹介はするからね、若干うざかったかもしれない。
ごめんなさいと、今のうちに謝っておこう。
私の名前は涼華。
一人称は、なんとなくわかるだろうが、お察しの通り私。
女だよ、男の娘じゃないよ。
髪は白銀で、腰のあたりまで伸びている。そろそろ切ろうかと思っているのだが、どうにも良い間がない。
目は、猫目と良く言われるのだけど、少なくとも私にそんなつもりはない。
猫目とつり目の中間、といったところだ。
瞳の色は水色。
雨が降った後の青空を思い出せば、恐らくそんな色だ。
着物は、例の如くというか……白。でもって着流し。
それでも胸にはサラシを巻いているので、見られる心配はない。
見られたって構わないが、そういう事には少しばかりトラウマがあるので、サラシを巻くのは最早習慣だ。
因みに、着流しの下には細身の袴を穿いている。
腰には一応刀も引っ提げているが、なんのために使うんだろう、といった感じで、殆ど抜かない。なので若干錆びてきた。やばいかも。うん。今更だな自分。
「てめぇにやる気はあるのか!?」
「ないです!」
キリっとしてみれば、ぷちっと淡島さんの血管がキレる。
しまった、墓穴を掘った。
なんて思っても、時既に遅し……どころじゃなかった。
時既に過ぎてた!
「刀は錆びる攻撃を避ける気もねぇ……お前いつか死ぬぞ」
「いや、幕末より安全なんで」
現代は安全である。そして平和だ。
ちょっとやそっとの事じゃ死なないだろうし、そんな鬼気迫る顔で言われても私は困る。
「とにかく、お前は一時間みっちり修業だ!」
虐めじゃないか。
×××
もうへとへとです。
正直滑舌が回ってないです。
しかも何故か頭が痛い。酸欠かな。
「あははははは……」
なんて笑っていれば、周りからひそひそと囁き声が聞こえてきた。
「遂に壊れたわね……」
「丁度良かったんでねーの。あいつは気を抜きすぎだったからな」
「団子を食べようとしないって、相当ね」
もうみんな何かしらないもん。
誰が怠け者だ。そうだその通りですよ。
ていうか壊れて丁度いいって。
…………もういっそ、此処で自殺してやろうか。
「涼華!? 早まっちゃ……」
と、慌てた様子でこっちに駆け寄ってくる女性が一人。滅茶苦茶美人です。清楚な美人さん。冷麗さんというんだったっけ。
そりゃビビるよね。
現在首に刀を突き付けて突き刺そうとしている最中であります。
もう刺してやろうか。
「死んだって良い事無いんじゃない?」
という童女の声で我に帰る。
成程、壊れているというのは先程までの私の調子のようなものを指すのか。良くわかった。
「それもそっか」
何せ一回死んだ身である、流石に二度目の生き返りはないだろう。
いや、幽霊になれるか……?
亡霊は死んだの自覚すると消えるらしいし……嫌だなそれは。
「無理だと思う」
「……」
心を読まれた。
が、軽くスルーしておく。
最近地道に現代語を習得しています。こんなド田舎でね。
「ねえ、涼華」
ぎちっと腿が痛む。
ヤバいヤバいヤバい。
抓まれてる、痛い痛い痛い。
「無視しないでくれる?」
と、真顔の童女の笑顔。
笑顔というか、目元が真っ黒い。
名前は紫ちゃん。
「ひっ」
……口元が引き攣ってしまった。
この子座敷童子なのに。ほぼ害はないのに。
おまけに情けない声まで漏れるという始末。
「ねえ」
「ごめん!」
謝るしかなかった……。
自分の立場がよくわからない場合、どうしたらいいんですか?