無意味
―――私は何も覚えていない。
伊吹が死んで妖怪となったように、私も死んで妖怪になったとして。
私には、死んだ瞬間の記憶という物が無い―――正確には、死んだ瞬間の前後の記憶が無い。
覚えていないのだ、情けない事に、自分が死んだ時の事を。
「……まだ良いじゃないか」
死んだ時の事を覚えていたなら、私はどうしていただろうかと思う。
何を考えて何を思って死んだのか、今の私にはまったくわからないから。
私は、伊吹のように死にたくて死んだわけじゃないはずだ。
絶望して死を選ぶ。そんな事をしていたら命が何十あろうと足りない人生だった。まあ、私は知り合い曰く『鈍い』らしいので―――そんな事を理由にして死のうとは思わないだろうが。
百何十年も生きてきた。
けれど、その馬鹿みたいに長い人生に、特筆すべき点は特にない。
死んだ瞬間も、生きてきた時間も。
私には、有って無いような物。
無価値、そして無意味な人生を送ってきたと言えるだろう。
「そんないいもんじゃねぇぞ? 死ぬっつーのって」
そう言ってきたのは真っ赤な髪の青年―――……いや、少年? よくわからない。
飛鳥だ。とにかく名前さえ言えばなんとでもなるだろう。
「ふうん」
「……俺にはよくわかんねぇけど」
「?」
「死ぬよか、ちょっとでも足掻いて苦しんで生きた方がマシだろうな」
そりゃ、死にたくて死ぬ奴なんか世のなかに数えるほどしかいないだろう。
自殺だとか、それは結局『自分は死ななきゃならない』って脳味噌ん中で身勝手を正当化しようとしただけの結果であり結末だし、どうにもならないことだろうが。
「―――まあ、一般論としてはそうかな? ある種模範的でいい回答だと思うよ、飛鳥君」
「君付け止めろ、気味悪ィ……」
「じゃあ飛鳥ちゃん」
「それも止めろ! 飛鳥でいい」
「はいなぁ〜。とにかくこれから宜しく〜」
と、握手を求めてみればプイっとそっぽを向かれてしまう。
「いやあ、ガキだねぇ」
「……飛鳥はな。まだ十六だったか」
「若いっていいなあ。ちょっと年交換しようよ」
けれど、十六歳まで生きられたのはまだいいと思う。
生まれて間もなく窒息で死ぬ子もいる、未発達過ぎて命を失う子供もいる。
十年間、まず生きられたのだから―――まだいい方だと思う。
しかしまあ、漂う小物臭。
「オイてめぇ……今何考えた……?」
ギロリと飛鳥が私を睨んでくる。
うーん、不良の剣幕……半端なく小物臭がする……。
とか、本人に言うと怒られる事はまず間違いないので、「いや別に〜」とへらへら笑いながら返した。
うん、ガキだねこいつ。
まあ、妙に勘が良いわけじゃないらしいからよしとしよう。
勘が鋭い奴は昔から嫌いなんだ―――勿論今も。
「……さて、どうしたものだろーか」
ノリで大将やる羽目にはなったが―――どうあがいても私は小物であって、大将なんかになれるほど器は大きくない。寧ろ器なんて小さい。
組だのなんだのと言われても先程まで漠然としていてよく分かって無かったので、あっさり了承してしまった自分が憎い。もう少し引き延ばせばよかっただろうか?
多分、組員はざっとこんなもんだろうと思う。
飛鳥、伊吹、私とあともう一人。
飛鳥は多分朱雀で、伊吹は青龍だろう―――何せ私は白虎である。
とすると、後もう一人は玄武という妖怪である。
名前的に厳ついオヤジの姿を彷彿とさせてくれるが、そいつにはまだ会った事が無い。
飛鳥達が私に大将になれと言いにきた回数は確か今回で七回。
その七回とも、玄武は来なかった―――面倒臭がったのかな。なんでもいいけど。
まあ、構わない。どうせ会う事になるのだろうから。
「……で? 私はどうすりゃいいの」
「いや別に? 特に何かする事は無かったはずだ」
伊吹が迅速に答えてくれるところありがたいのだが、こんなに間抜けな継承があっていいのだろうか。
いやだって、あまりに間抜けで拍子抜けじゃないか?
白虎となったものが「よし了解、やってやんよ!」であっさりと頭領の座についちゃうとか。
なんだか、私が知らない間に妖怪の「組」というものは大きく変化しているようだった。