黒々と
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 「にしても、物好きもいるもんだよ、本当」

 涼華はすっかり炭酸が抜けて砂糖ジュースと化したそれを飲みながら伊吹を見ていた。

 「あんたみたいにしっかりしてる奴が居るんなら、私みたいにふらふらしてる奴なんかを頭領にする必要ないでしょうに」

 「そういうわけにはいかない。……僕らはそういう妖怪だからな」

 「あー、白虎とか青龍とかって話かな。嫌だねえ。私そういう器じゃないのにさ」

 完全に他人事で話をしている涼華に、伊吹は顔を顰めた。
 彼にとっては、これは他人事では済ませない大問題なのだ。
 そもそも、彼らの目的は一つである。
 涼華―――すなわち白虎と呼ばれる妖怪を、一つの組の頭領にするという事。
 ふっと息を吐き、涼華は告げる。

 「乗った。やってやる」

 「「……は?」」

 突飛な発言に、伊吹と飛鳥は揃って頓狂な声を上げてしまう。
 不思議そうに首を傾げる涼華は、「どうしたの?」と問いかけるが、その言葉を吐きたいのは伊吹と飛鳥だ。
 責任を負いたくないとさっき言ったばかりじゃないか、と伊吹が言うと、彼女はけらけらと笑う。

 「気が変わった。ただし私は何事にも責任を負わない」

 頼んできたのはそっちなんだから、そう言われてしまうと返せる言葉が無い。
 だが、思ったよりもあっさりと彼女は承諾した。

 「お前らは私を利用すればいい―――きっと少なからず、私もあんたらを利用するだろうから」

 「それが条件か」

 「条件というより、理解しておいてほしい事かな?」

 悪戯っぽく笑う彼女は、ほんの一瞬だけ口元に妖しく笑みを刻む。

 「だが、覚悟しなよ―――私がいつもこんな風にへらへらしてるとは限らない」

 空気が一瞬にして張り詰める。
 鋭い水色の瞳が二人を見据え、殺意を孕んで笑っていた。
 飛鳥は咄嗟に臨戦態勢に入るが、伊吹は涼しげな態度を崩さない。

 「あぁ、そうだな」

 「……いつ殺しにかかるかわからないよ」

 「構わない。僕らはお前を利用させてもらうだけだ」

 「へぇ、目的が有るんだ?」

 「無いと言えないくらいには、ある」

 と、飛鳥へ目を移す伊吹。

 「そういうの嫌いじゃないよ。寧ろ大好き」

 「……僕の目的ではないがな」

 伊吹にはもう守りたい物も守れる物もない。
 何せ彼は五十年も前に死んだ存在だ。
 親は死に、身内といえども残っているのは後世の人間だけ。
 伊吹に身内の知り合いは、既にいない。

 「……ふぅん」

 相槌を打ちながら、涼華はじっと伊吹を見つめる。

 ―――若いように見えるけど……案外そうじゃないのかもしれない。

 ―――面倒臭いな、考えるより聞いた方が早いか。

 「確かあんた、伊吹っていったっけ」

 「そうだが?」

 「年、いくつになる?」

 訝しげな表情を見せた伊吹に、涼華はにこにこと子供じみた笑顔を向ける。

 「そんな事を聞いて何になるんだ?」

 「いや? あんたの発言って、さりげなく爺臭いと思って」

 「失礼だな。……まあ、あながち間違いではない」

 少し懐かしむように目を細め、伊吹は重く溜息を吐く。
 言いたくない事だが、彼女を引き入れようと動いたのは自分である。
 飛鳥や、組のもう一人の妖にも話していない事だが、構わないだろう。

 「僕は―――五十年前に死んだんだ」

 「……うん? ということは、もしも生きてたら六十歳くらいか」

 「十九で死んだ。だから、大体六十九だ。……何年くらい経ったかなんて、はっきりと覚えていないがな」

 くす、と涼華は笑った。成程ねえ、と呟く。

 「自分が死んでもかわりが居る。って?」

 見事に被った言葉に伊吹は目を見開き、涼華はころころと声を上げて笑った。
 信じられないとばかりに涼華を見つめる伊吹に対して、心底楽しそうに笑っている涼華。

 「君、頭良さそうだもんね」

 「何を……」

 笑っている彼女を睨みつける伊吹だが、少女は笑う事を止めようとはしなかった。

 「周りに自分より有能なのが居たのかな? それで現実思い知って? 叩きのめされたって? 思ったんだけど君自殺したんでしょう? この世に未練たらったらだね」

 悉く言おうと思っていた事を言われてしまう。
 まるで、心を読まれているかのように。

 「……っ」

 「―――死んでみたら、後悔したのは君だった、ってオチだよね?」

 心底下らない与太話を聞かされている気分になってきて、自分の人生が如何に浅い物なのか今更思い知る。
 こいつにとって、僕の話はこの程度の笑い話なのだと。

 「……まぁ、まだいいんじゃないのかな」

 笑うのを突然止め、涼華は微笑を刻む。

 「私さ、ほら、自分がどう死んだのかなんて知らないし」

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