二つの色
今や魑魅魍魎が跋扈する魔都と化してしまった、京の都。
騒音けたたましい車や、夜になっても光を絶やさない街頭に溢れている此処の風景を空から眺めながら、少女は浅く溜息を吐く。
白か銀か判別しかねる腰まで届く長髪、水色で切れ長の瞳、裾のところだけ青みがかかっている白い着流し―――と、白と水色で形作られているような少女は涼華だ。
「…………いやあ、騒がしいね」
人々が街を闊歩する様を見て涼華は苦笑する。
この時刻であれば、もう起きている人間は少ないのでは―――そう思っていたのだが、現状と現代社会は彼女が思っていたのとは全く違っているようだ。
電車だの車だの街頭だの、こうも一か所に集まると騒音も甚だしいところだ。
バサッ、と鳥の羽音が聞こえてきて、呆れきった顔をすると彼女は背後へ首を傾ける。
「また来たんだ、懲りないね君ら」
涼華の視線の先には青年が二人。
年頃で言えば、二人とも高校生くらいだろうか。
「チッ、オレは来たくて来てんじゃねーんだよ。伊吹が行くって言うから仕方な」
「懲りないさ、必要なら毎日来たって良い」
「オイ伊吹! 今の台詞被せわざとだろ? なあ!?」
勝手に来て勝手にドンチャン騒ぎを始める青年二人。
舌打ちをしていた方は赤髪に翡翠色の瞳、真っ赤な着物。全体的に見て赤い。
もう片方は青緑の髪に青の瞳、青緑の着物、目が悪いのか眼鏡をかけている。
彼の名前は伊吹と言うらしい。
「フン、わざとだったらなんだと言うんだ」
「わざとだったらタチワリーんだよ! てめーはいっつもいっつも……」
「お前の言い逃れが長いのが悪い」
「てめえマジ燃やすぞ!!」
怒鳴って全身に赤い炎を噴火させた赤髪の青年。
涼華は彼の様子を一度見て、ぽつりと「若いって良いねぇ」なんて零す。
そういえば、あんな風に炎を噴火させてた時期が自分にもあったようにも思える。
ただ、彼女の場合は赤い炎ではなく真っ黒い炎ではあったが。
そして空の方を見つめると、全身を燃やしている青年の頭を掴んで、手近にあった公園の方へ落ちる。
「なんだよこのやろー」
「あのね、目立つの。目立つとね、騒ぎになるの。わかった?」
「どーせ俺らのことなんか見えちゃいねーよ」
「見える奴らもいるんです」
にこにこと笑う涼華に、飛鳥はそっぽを向いた。あまり相性はよくないらしい。
公園に降り立った伊吹に、涼華は口角をあげながら問う。
「で、今日は何の用?」
当初の目的を忘れそうになるが、伊吹も飛鳥も、彼女に話があってきたのである。
白虎という妖怪である、涼華という少女に。
「いつもと同じだ―――僕達の頭領になってほしい」
「やだあ」
「……何故だ?」
「嫌な物は嫌。……っていうより、頭領って事は私は色々と負わなきゃいけなくなる」
涼華はにこにこと笑顔を浮かべて続ける。
「責任も命もね。自分の責任をだけならいい……頭領となると、他の奴の責任も負わなきゃいけないし、命だって最低限の保障をしなけりゃならない……そうでしょう?」
昔から責任と言う言葉が嫌いで仕方がなかった。
皆、その責任に縛られているのを涼華は見てきた。
責任を取って腹を斬るとか、そういった残酷な光景には遭遇していないが、責任を負って階級を落とされる者、責任に追い込まれて死んでしまう者達の背中を見てきた。
責任。
これほどまでに重い言葉は存在しないんじゃないか―――そうも思っている。
「僕達はお前に責任を負わせるつもりで頼んでいるわけではない」
「そうじゃなくても、いつか背負わなきゃならない時が来てしまう」
「それならそんな時が来ないようにしよう」
「それが出来るなら苦労しないよ」
にこにこと笑顔のままで言葉を吐き続ける。
「な、ちょっとピリピリするのやめようぜ? な?」
飛鳥が付いていけなくなったらしく、ペットボトル三本片手に間に割って入ってきた。
ペットボトルを持っている所為でかなり絞まらない。
涼華は特に興味がなかったので、すぐ引くが、伊吹はそういうわけにはいかないらしい。
「だから……」
「ホラホラ、良いから飲み物飲んどけよ」
と、伊吹に茶を差し出す。
飛鳥にほんの少しパシリ気質があるんじゃないかと思った伊吹だったが、彼が買ってきたのはありがたい事に緑茶だったので、今回は胸にしまっておく事にした。
「涼華、だっけ? これ飲んでみろよ」
「え? ……ありがとう」
投げ渡された紫の液体が入ったペットボトルをまじまじと見つめながら、とまどいを隠せない涼華。
何故容器が透明なのだろうか。
「ねぇ、」
「あ?」
「これ、どうやって開けるの?」
「……其処からなのかよ」
「う……」
飛鳥のあきれ顔に、涼華が少し小さくなったように見える。
プシュ、とペットボトルが開いた音がすると、「うわ」と物珍しい物を見るような子供っぽいキラキラした目をしていた。
「……おおお!?」
珍しい物を見た涼華のテンションはすっかりハイである。
確か写真と言う魂を抜きとる(らしい)機械が出来た、という話を聞いた時も、こんな風に勝手に一人で楽しくなっていた。
そんな彼女の様子を見て、こそこそと飛鳥が伊吹に告げ口する。
「なんか子供っぽいな」
「……いや、あれは明らかに僕らより年下だろう」
「でも時代おかしいぜ?」
「気にするな、僕もお前も大分離れているだろう。年代が」
「……かなぁ」
と、彼らが会話しているのをばっちり聞きながら、涼華は紫色でぱちぱちと音を立てる奇妙な飲み物を口に含む。
「!!」
まるで口のなかに電流が走ったような感覚が舌に走る。
痛い。なにこれ辛い。
一口飲んで、数秒待って、もう一度飲んでみる。
やっぱり口の中で弾けて、口のなかがぱちぱちする。
痒いというか、くすぐったいというか。
こんな変な飲み物があるだなんて思っていなかった。
「甘いんだけど……う〜……」
口のなかには甘みが広がっているのだが、目には涙が浮かんでくる。
「ちょ、オイ!?」
泣かせたとでも思ったのか、飛鳥が慌てた様子で彼女に駆け寄る―――が、そういえば子供の時に炭酸を初めて飲んだ時に、彼女と同じ反応を示していた事を思い出す。
「……キツかったか」
「……」
目を潤ませながらも、それでも飲もうとしているらしい彼女の鼻の頭が赤くなっていた。
初体験の味、というよりは、初体験の感覚である。
―――やっぱり現代人との感覚の差が課題か……。
伊吹がそう考えていたのには、誰にも気づかれない。