此処で良かった
一通の置手紙が、涼華の部屋に残されていた。
かなり達筆なその手紙は、ある意味読みにくく―――けれど、遠野にいる殆どの者が目を通した。
遠野の頭領とも言える赤河童と涼華が、昨日話をしていた事を知っている者は何人かいるものの、それは本当に限られた少数だった。
涼華と赤河童の話の内容を、知るものは無い。
ただ、遠野を出ると―――今迄世話になったとの話をした、くらいにしか赤河童は語らなかった。
集会が開かれたその時に、その事は明かされたのだが、渡された情報が少なすぎたが故に、一部の物はこう解釈した。
―――涼華は、逃げた、と。
それはあながち間違っていない。
責任に耐えかねて彼女が逃げ出したとか、重要な仕事を請け負いたがらないといった話は遠野に何個もある。
あーあー、と気の抜けた声を大岩の上で上げている青年が一人。
淡島だ。
彼は岩に寝転びながら、ぼんやりと霞みがかった空を見上げている。
「なんか、やる気出ねーな」
いつもであればこの時間帯、涼華は何処だと遠野中を駆け回っているのだが、今日はそうじゃない。
そもそも、探さなければならない涼華自体がこの遠野に居ないのだ。
探しようがなく、つまり暇なのだ。
「どうした、淡島」
岩の下あたりから声がして、淡島は岩の下を覗き込む。
「ああ、イタクか……別にィ?」
どうもしねー、と返すと嘘吐け、と速攻で返ってきた。
「暇か」
「かなり」
淡島がそう返すと、「なら降りて来い」とイタクが言った。
「なんでだよー? 降りるイミねぇじゃん」
「修行、付き合え」
なんだかかなり久しぶりにこんな会話をした気がする。
ああそうか、あいつが居ないからか―――と改めて、涼華がいない事を実感する。
「いいぜ、覚悟しろよ?」
淡島はニッと笑って、腰に帯剣した日本刀に手をかける。
今日の遠野は―――いつもより、遥かに平和だった。
どうか皆さん、元気でいてくださいね―――涼華の手紙にはそう綴られていた。
ありがとうございましたと、またいつか出会う事があればいいのに、などとも。
そして何より。
私を助けてくれたのが、私なんかを拾ってくれたのが―――貴方達で、本当に良かった、と。
少女は笑う。
楽しかったと。
久しぶりに生きている感覚がしたと。
言えるとすれば、それは一つ。
貴方達が拾ってくださった事、本当に感謝しています―――。