半端もの
投獄された。
彼女の状況を説明するにはこの一言で事足りた。
牢と呼ぶには少し堅牢さが足りないが、彼女の手首には枷が付き、それは鎖で繋がれている。
逃げる事は恐らく出来ない。
……まあ、それは普通の妖怪か人間に限られるのだが。
ぼんやりと部屋を見回してみると、地味に隙間が多い事が良くわかる。
こんなところでよく寝ていたものだね私は、と言いたくなるほど、彼女の自室であり現在は牢屋である此処は隙間だらけだ。
風も良く通る。道理でよく眠れる筈だ。
「……暇だなぁ」
ぽつりと呟くが、返答はない。
戸の向こうには誰かの気配があるが、恐らく涼華に対する警戒と、いざとなった時に彼女を始末するための係になってしまった妖だろう。
―――私みたいな訳わかんない奴の監視に当てられちゃうとは……つくづくこの人、運が無いね。
戸の向こうの妖怪が誰なのかはなんとなくわかる。
ふっと笑って、涼華は手首にある枷を見やる。
―――この程度で私が捕まえられるはずが無いのに。
―――此処の人達は結局、甘いんだよ。
口元に刻まれた笑みは消えない。
涼華は楽しそうで、こんな場所に居ても笑みを崩さない。
軽く手に力を込めれば、手の周りに風が渦を巻く。
そして、容易く枷を外した。
何、簡単な事だ。
彼女は風を枷の鍵として差し込み、適した形に変形させて錠を開けたのだ。
随分長い時間同じ体勢で座っていたので、体が痛み、背中が凝っている。
実は結構痛い。
首を回し、軽く柔軟をする。
「……さて、行くか」
その一声で涼華は立ち上がり、戸を開ける。
其処にはやはり見知った顔が居て、涼華を見ると少し顔を顰めた。
「……枷はどうした?」
「外しました」
あっさり答えると、彼女は持っていた枷を彼に見せる。
「部屋に戻れ」
というイタクの指示には、生憎従うつもりはない。
涼華は横に首を振り、「嫌です」と簡潔に答える。
「―――私は遠野を出させて貰います。どうやら、かなり迷惑かけたようなので」
大方、彼女が出ていくと言っている理由は、昨日のあの騒ぎだろうが―――それではあまりに身勝手ではないか?
淡島に攻撃を仕掛け、部屋の物を殆ど吹き飛ばし、遠野全体を騒がせておいて、それはやはり勝手が過ぎる。
「待て」
さっさと進んでいこうとする涼華の首に鎌を押し当て、イタクは彼女を呼び止めた。
何をしでかすかわからない、と思ったのである。
同時に、また、彼女が暴れるかもしれないとも。
「……殺したかったらどうぞ。私はとっくに『生』を終えている身分ですから」
かつて少女は人間であった。
人であったが、人でなくなり、そしてその中途半端な存在のまま死した。
人でなくなったあの瞬間から、彼女は変わっていた。
少しずつ、しかし着実に。
そして、遂に妖怪に為り果ててしまった時以来、少女は願望と諦めを胸に生き続けてきた。
今回は遂に、彼女の最大の欠陥とも言える問題を起こしてしまった。
「さて、どうしますか?」
軽く押し当てられていただけの鎌を、ほんの少し彼女は指で押して、首に食い込ませる。
微々たる痛みを感じるが、淡島に負わせてしまった怪我に比べれば遥かに軽いものだろう。
「……チ」
「なんですか今の舌打ち」
心底不快だとでも言いそうなイタクの表情に、涼華はころころと声をあげて笑う。
イタクは涼華の首に添えていた鎌を退け、涼華は困ったような顔をした。
「あれ、てっきり攻撃されるかと思ったんですが」
「それが良ければそれでも構わねぇ」
「いやぁ、遠慮しますよ。貴方の攻撃は怖いんです」
何度首を落とされかけたか、と彼女は付け加える。
首を落とされた事こそ今迄一度もないが、首には何度かイタクの鎌が突き刺さった。
あれは結構痛みが強く、流れ出す血はまるで滝のようだった。
とはいえ、それは涼華があまりに団子ばかり食べてだらだらしていたので、いい加減動けよ、という事だった。要は自業自得と言う奴だ。
彼女はそれを自覚しているので、それ以上は言わない。
「……」
「? なんです」
ただじっと涼華を睨んでいるイタクに少なからず恐怖を覚えた彼女は、ほんの数歩後ろに下がりながらそう問いかける。
彼は一度溜息を吐くと、踵を返してさっさと向こうへ行ってしまう。
涼華は、その後ろ姿に頭を下げる。
「……今迄お世話になりました。本当に、ありがとうございました」
その言葉にイタクが振り向く事はなかったが、彼は「ちゃっちゃと行け」とばかりに軽く手をあげた。
―――そうだ。
と、涼華は思い出す。
彼以外にも、もっと謝らないといけない者達がいる事を。
そして何より、誰よりも迷惑をかけたであろう人に、謝りにいかなければ、と。