黒い炎
「……いやあの」
「だからよー、お前が使ったのは〜」
さっきから延々と淡島の講義を聞かされている私だが、流石に飽きてきた。
畏を自分に纏わせて威圧で使う方法と、武器に纏わせる方法だのなんだのを聞かされている。
先程修行で両方とも使ったつもりでいたが、どうやら私が使っていたのは後者だけらしい。
つまりお前の攻撃にはまるで威圧感が無いと、酷い事を言われちゃったわけです。
まあ、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
武器に纏わせて使う方法はなんとなく知っていた。
けれど、畏とかいう奴を自分に纏わせる奴―――本当ならこっちが初歩的な方法らしい―――なんか使ってみた事もない。
「いめーじも出来ないですし……正直使い方がわからないというか」
「武器に纏わせなけりゃいいんだよ」
「……それが分かんないんですよ」
「じゃ、もっかいやってみろ」
「はぁ……」
とにかく、やってみろってワケでやってみる。
武器に集束させるな、ということらしいので、刀は地面に置く。ついでにちょっと離れてみる。
一息吐いて、いつものようにやってみる。
轟々と風が勢いよく吹き始めたと思えば、気付いたら拡散していた。
「……あれっ」
「なんかわかったかもしんねーわ」
「え?」
「お前さ、始めっから『武器』として使おうとしてるだろ」
「はい」
迷うことなく即答して、私は首を傾げた。
畏というのはつまり武器であると解釈していた私である、他に使い道があるだなんて考えた事がない。
「武器じゃなくて、『威圧』として考えてみたらどうだ?」
「!」
成程、何が言いたいのか漸く理解した。
私の見方を変えろということなのか。
私の頭の中には『畏=武器』という考えが成り立ってしまっている。
その考えを『畏=威圧(武器)』として少し変えてみろと。
それなら行けそうな気がしないでもない。
ナニカを引きずりだすように思考を修正していく。
少しずつ、少しずつ。
場の空気が蠢いていく。
ずりずりと何かが這い寄ってくる感覚。
「ハハ……やりゃできるじゃねーか」
淡島さんの笑い声が聞こえた。
けれど、ヤバい。
気分が悪い。
なんだ、こりゃ。
「……涼華?」
誰の声だ。
わかんねえ。
なんだよこれは。
音が掠れて、
視界が歪んで、
全てが滲んでいく。
どうする。
どーしたらいい。
どうしたら、戻れる。
これ、以上は―――
ガッ、と音がして。
そのまま意識が消えていく。
私は、それからどうなったのかわからない。
「……なんだったんだよ、今のは」
淡島は涼華を抱きかかえながら疑問を発する。
涼華の細やかな銀髪には、炭が滲んだような黒が浮かんできていた。
けれど、その黒はやがて溶け込むように消えていく。
先程涼華が立っていたところには、僅かに焦げ跡がついている。
淡島が涼華を気絶させた理由は二つ。
一つは、涼華の様子がおかしかった事。
もう一つは、彼女が畏を発動させたほんの刹那に、黒い炎が燃え盛ったのを見たからである。
「気絶させたのか」
「あぁ……なんかヤバそうだったからな」
イタクも涼華を覗き込むが、先程までの異常は既に消えている。
「なんだったんだ、今の黒い炎は」
「わかんねぇ……こいつ、炎を使う類の妖怪じゃねーよな」
涼華は炎を扱うような妖怪ではない。
彼女が操るのは風であり、炎とは殆ど無縁だ。
―――なんだったんだ?
気絶している涼華を見つめて、顔を顰めた。