考えてみれば
「お前って戦えんのか?」
「失礼ですね……」
淡島からぶつけられた言葉に、呆れたように答える涼華は苦笑した。
周りの妖怪達に過小評価されている事は薄々感じていたが、真正面から面と向かって言われると、なかなか否定しにくいものである。
何を思ってか、或いは無意識のうちか、涼華は腰に帯剣した刀の柄へと手をやっていた。
「―――確かめてみます?」
「それも―――そうだな!」
同時に衝突する刃と刃。
嬉々とした笑みを浮かべる二人の修行が、漸くまともに始まろうとしていた。
「はぁっ!」
上段から勢いよく刀を振り下ろす涼華。
その戦い方は至って単調で、先読みするのは容易い。
淡島は容易く避けてみせ、刺すように刃を突きだす。
それを掠めてしまったものの、涼華から笑みは消えない。
寧ろそれは濃くなる一方で、喜色満面と言っても差し支えなかった。
「まだまだ、こんなもんじゃねぇよな!」
「勿論」
「そりゃいい!」
言い合いながらもお互いの刃がぶつかり合う。
まだ手抜きの状態なのか、二人の間には余裕が見え隠れする。
「じゃあ、」
淡島の目がギラついたのを確認して、涼華は反射的に後退してしまう。
頬を伝う冷や汗に、それでも涼華は笑みを崩さない。否、崩せない。
「畏れんなよ?」
「……ちょーっと自信が……」
本気で逃げたくなってきた。だが逃げるわけにもいかない。
自ら頼んだ修行である。
少しくらいは真面目に、というよりそろそろ本気になって修行つけてもらわないと、自分がいつか近い将来死にいたるのが目に見えている。
死ぬより必死こいた方が絶対にマシだろうと思っての行動だったのだ。
故に。
今回は絶対に投げ出さない。
ズッ、と淡島から伝わってくる威圧感。
存在感とでも呼べばいいのだろうか、ともかく、絶対的な圧力を感じた。
―――この圧力の事を、俗に畏と呼ぶらしいが……涼華には良くわからない。
「ッハ……」
自然と笑みが零れる。
不謹慎な事に、今回は面白いと思えた。
反射的に後退しようとする足の向きを、前へ向ける。
後退するな、
前進しろ。
後悔するのはそのあとだ。
涼華の目つきが鋭くなる。
殺意を孕んだ殺伐とした空気が周囲を取り巻いていく。
淡島から感じるような『畏』に近い物が、涼華から沸いていた。
ヒュウッ、とこの修行場を吹き抜けていく鋭い風。
同時、涼華の瞳孔が縦に細くなる。
それを合図とするかのように、淡島と涼華が同時に斬り込む。
二人の表情からは先程までの笑顔も余裕も失せ、瞳に殺意を孕んでいた。
淡島が一歩でも下がれば涼華は躊躇わず追随し、斬りかかっていく。
鍔迫り合いになれば両方とも一歩下がり、次の瞬間激突する。
ガガガガガガガガッッ!!
衝突する刃と刃。
その間には時折火花が散る。
同じような動きが繰り返されるかと思えば、突如涼華の動きが変わる。
「!?」
一瞬その場から消えたと思えば、気配さえ察知させずに淡島の背後に回り込んでいた。
「っうお!?」
慌てて涼華の刃を受け止めると、彼女は少し驚いたような顔をした。
けれど、驚いたのは涼華だけではない。
彼女からの刃を受け止めるのと同時に、淡島も目を見開いていた。
―――こいつ……こんなに一撃が重い奴だったか?
―――馬鹿みたいに軽い奴が、どうやったらこんな重い攻撃が……。
目を細め、涼華を見据えるが、彼女の様子に窺える変化と言えば、その顔つきと瞳孔の形くらいのものだ。
ヒュゥウッ
―――?
―――何の、音だ。
音源は何処だと耳を澄ます。
その間にも涼華と淡島の間では刃がぶつかり合う。
「へぇ、成程」
涼華の刃と自分の刃が交わる瞬間に、隙間風のようなか細く甲高い音が響く。
彼女の刃を見つめると、風のような物が刀の周りに渦巻いていた。
「それがお前の畏の……使い方か!」
「……はて」
涼華はしらばっくれるように口元に笑みを張り付ける。
「どうでしょうか!」
衝突と激突を繰り返し、
進退を何度も繰り返す。
激突の最中に火花が散り、
その度に二人は笑みを刻む。
―――ああ、なんだよ。
―――こんなに面白いんだったら、始めっから真面目に修行やっとくんだった。
心底楽しそうな笑顔を見せている涼華に、淡島も釣られたように笑みを見せた。