京都の地
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 私は風を操れる、否、風は私である。
 そういう理由もあり、私の意識は今、京都にある。

 遠野に体―――つまり本体を放置しているので、殺されるんじゃないかとちょっと危機感を感じているが、私はそれ以外の事にも結構な危機を感じているから、この京都に来ている。

 かつては都だったこの京都の町並みにはやはり風情が備わっており、現代の社会から消えつつある文化が未だに残っている。
 空から眺めているので良くわかるが、京都の寺は螺旋状に配置されているようだった。
 螺旋―――分かりにくければ、渦と言い換えても良いかもしれない。
 ろーるけーきという洋菓子の断面を想像してもらえばわかり易いだろう。
 あれ甘くて結構好きだなぁ。あ、話が逸れた。

 「……」

 この京には結界が張ってある事は一目瞭然だが、少しずつ結界に綻びが生じているようにも思える。
 螺旋結界(多分そんな感じの名前だと思う)の端にある寺あたりから、妖気が少しずつ京に入り込んできている。おどろおどろしい感じがするのは恐らくその所為だ。

 「!」

 ふと視線を落とすと、一人の女が此方を見上げていた。
 まさか私が見えている? いいや、そんな筈は無い。
 今の私は風で、実体が見えるようにはしていないのだ。
 余程霊感が強い者、例えば陰陽師の類でなければ、私の姿、否、私の気配に気づく事はない筈だ。

 視線の先で薄らと女が笑み、同時にぞくりと悪寒が走る。
 その女の全てが黒で彩られている所為だろうか、否。
 この女、まさか妖怪なのか?

 「いだっ!」

 頭に襲いかかってきた痛みに私は身悶えた。
 目を開ければ見覚えのある木目の天井―――遠野の私の自室だ。
 ああ、意識がこっちに戻ってきたらしい。

 「やっと起きたわね」

 と、にこりと笑みを浮かべる女性に批難の目を向ける。
 この女性の名は冷麗。
 私の頬をぐにぐにと抓る手はひんやりと冷たく、まるで雪に触れているような錯覚に陥る。

 「……お早うございます」

 「おはよう」

 にこにこと笑っているが、時折冷麗さんが虐めっこに見えてならない。
 こういう綺麗な人って案外腹黒が多いんだよ……あ、ごめんなさい前言撤回の方向でお願いします。

 ……というか、京都の空にいた私を見上げてきた女……。
 あれは一体何だったんだ?

 ×××

 異常なまでに大きい切り株が一つ。
 小学校が四つは立てられるんじゃないかという大きさの切り株は、中央から四等分にされている。
 その四等分されているフィールドと呼べる場所では、皆が各々の修行へと身を投じている。
 場所が限られているため、修行を見学する者も何名かいる。
 彼もそのうちの一人である。

 「淡島さん」

 「あん? 珍しいな、涼華じゃねーか!」

 笑顔で振り向いた青年は、口に茎を咥えていた。
 彼の名は淡島と良い、良く涼華の修行相手を買ってくれる妖怪である。
 涼華がいつも嫌だ嫌だと駄々をこねたり遠野の何処かへ身を隠して修行をサボるので、毎度彼かイタクが説教を喰らわせている。
 ―――そういう経緯もあり、珍しいと思うと同時に淡島は違和感を感じていた。

 いつもの涼華であれば、此処に来るはずがないのだ。

 彼女は修行嫌いで、動く事を嫌い、たった半刻動いただけで筋肉痛に苦しむ脆弱な奴だ。
 なのに。
 今日の彼女は珍しく自分から、此処、修行場へとやってきていた。

 「……修行をつけてもらえませんか」

 「!」

 かなり衝撃の一言である。
 だが、彼女が自分から修行を申し出てくれたのは淡島にとって嬉しい事でもあった。

 「おうよ、勿論だぜ!」

 その一言に、ぱっと涼華の顔が明るくなる。

 「ありがとうございます!」

 そんなお礼の言葉と、珍しく勢い良く礼までしてきた。
 いつもと全く違う彼女の態度に、思わず周囲を見回してしまう。
 すると、イタクと目があった。

 「……良かったんでねーの?」

 「でもよぉ……、なんかおかしくねーか? あいつ」

 イタクと話しながら、淡島は木の上に腰かけている涼華を見つめる。

 「あれがおかしいのはいつもの事だろう。川のなかで寝ようとする奴だぞ」

 「いや、確かにそうだけどよ。いつもだったら修行どころか……俺とかお前から走って逃げるような奴じゃねーか」

 「言われてみればそうだな」

 冷麗に聞いた話によれば、今日はかなり素直に起床したのだという。
 いつもなら「後十分〜」だとか「後一刻……」やら、最悪の場合「あといちねん」と寝言なのか良くわからない事を言って少しでも長く寝ようとするらしいのに。
 今日の涼華は全面的に何かがおかしい、と冷麗が心配そうに言っていた。

 「だろ〜!? ぜってぇおかしいって」

 同意すれば、淡島も「やっぱそうだろ?」とばかりに声をあげる。
 視線を感じてイタクが上を見上げてみれば、涼華が不審そうに首を傾げていた。
 それから彼女は木の枝から逆さづりになるような格好で、

 「……なんの話です? というか、誰の頭がおかしくなったんですって?」

 じろ、と睨みつけてくるあたり、誰の話なのか理解しているのだろう。

 「だってよぉ」

 と淡島が涼華にいう。

 「お前いっつも修行嫌だっていうじゃねーか。それなのに今日はどういう風の吹き回しだ?」

 「……いやぁ」

 と、なんて言いわけしようかな、とでもいうようにカリッと頬を指で掻く彼女。
 少し考えていたようだったが、彼女はやがて喜色満面の笑みを張り付けて、

 「ただの気まぐれですよ。……強いて言うなら」

 ぽつりと付け足す。

 「大嫌いな狐が、復活した時の為に」

 「「?」」

 揃って首を傾げる二人に、涼華は微笑みかける。

 「備えがあるに越したことは無い、って事ですかね」

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