舞われまわれ | ナノ
『それはあなたがすぐにナランチャを褒めるからですよ。』
そういえたらどんなにいいだろうか。 イライラの原因がこんな子供じみた理由だなんて。
(我ながら、馬鹿げている。)
僕の半分の成果で、貴方はナランチャを褒める。 少しやっただけで貴方はナランチャを褒めるでしょう。 僕だって精一杯、しているのに。
本当に子供みたいだ。
そんな思いを抱くのも、きっとナランチャが眩しいせいだろう。
「…ナランチャは僕に無いものばかり持っていて、羨ましくて眩しくて、妬ましくて、…怖いんです」 マキナは少し驚いた風だった。 「彼は全てをさらけ出してくれる。僕は、そんな彼に何を返せるんだろうと」 心の中で暗い靄が充満している。 息苦しいくらいだ。
初めてエアロスミスを見たとき戦慄した。 同時に、自分自身が恥ずかしくてたまらなくなったのだ。 笑顔でスタンドを披露する彼を眺めながら、消えてしまいたい、心からそう思った。
エアロスミスは自由に空を飛ぶ。 方や、パープルヘイズは地べたで蹲っている。 スタンドからも分かる精神性の違い。 僕は…。
「確かにフーゴに無いものをナランチャは一杯持ってるわね」 しみじみとマキナは言った。 「でもナランチャに無いものだってフーゴは一杯持ってるんだから」 「碌なものじゃあありませんけど」
すぐに捻くれた返答をしてしまう、素直なナランチャは持ちえていないものだろう。
「碌なものだよ。もっと自分を甘やかしていいと思うんだけどな」 「甘やかせるような人間じゃありませんから」 「またそんな事言う。・・・じゃあ甘やかせるに足る人間ってどんな人?」
「それは…」 「頑張り屋で何事にも精一杯で一生懸命でー、みたいな?」 「まぁ。そうですね」
まさに、ナランチャだ。
「なんだ、じゃあやっぱりフーゴの事じゃない」 「なっ、そんなわけないでしょう!」
何を言い出すかと思えば。 僕は思わず大声で否定した。
「ナランチャも一生懸命だけど、フーゴだって一生懸命でしょう?」 「そりゃ、…手は抜いてませんけど」 「納得いかない?フーゴは頑張ってくれていると思うんだけどなあ」 「そんなこと、ないです」 「自分に厳しいなあ。私なんて自分のことすぐ甘やかしちゃうんだけどなあ」
さっきまで、褒められなくて拗ねて喧嘩を徒に長引かせていたというのに。 実際、褒められると拒否されてしまいたくなる。
(ああ、めんどくさい) 自分自身に嫌気がさす。 それまでも碌な物だと思ったことはなかったのに、さらにその下が存在したなんて。
しばしの沈黙の間、ずっと腕を組んで唸っていたマキナは突然、何か閃いたように立ち上がりながら言った。
「…そっか!!じゃあフーゴの分も、私がフーゴを甘やかせばいいんだね!」
言うや否やこちらに彼女の腕が伸ばされてきた。
「え?」
頭を撫でられる感触。 ぽんぽんと、優しい手つきで僕は頭を撫でられている。 何処か客観的に僕はそれを捉えていた。
「いつもありがとうね」
そんな何が楽しいのか分からない、無駄に楽しそうなマキナの声で僕は我に返った。
「な…や、やめてくださいよ!」 「あれ、嫌がられた」 「あ、当たり前でしょう!?」 「撫でられるの嫌い?」
私は好きだけどなぁ、なんてこっちの気持ちも知らずにマキナはのんびりと聞いてきた。 「え、いや」 「どんなに頭いいって言ったって、頑張ったから成果が出せるんでしょう?何も考えないで処理できるわけ無いもんね」 「それは、そうですけど」 「だからいつもありがとうねって」 「だからって…撫でなくてもいいでしょうが!」
軽く抵抗するが、それでも撫でるのをやめない彼女の手にどこかで安堵する。 手のひらから伝わるその温もりが、どうしようもなく、心の靄を晴らしていく。
「ああもう…気が済むまでどうぞ」 「わぁい、髪の毛さらさらー!…ってあれ?」
目的すり替えないでよ!と突っ込みながらもマキナの手は止まらなかった。 やさしく、ふわりふわりと頭を撫でる手は、心地よい。 抵抗する気をなくしたみたいな、小芝居を打ってでしかその温もりに身をゆだねることはできないのだけれども。
(もう少し、もう少しだけ)
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