舞われまわれ | ナノ







カジノに入るや否や、私は挨拶もそこそこにカウンターで暇そうにパイプを吹かしている頑固そうな老人に叫んだ。
「金もってこいー!…あ、ついでにアランチャータも」
「…はいはい、かしこまったよ」
目だけで私を捉えて読んでいた新聞をのんびりと畳みながら老人は答えた。
そうしてこのカジノの責任者、ジョカーレの爺さんは奥に引っ込んだ。
奥に消えた彼を目で追いながら、私はカウンター近くの椅子に腰掛ける。

昼間のカジノはとても静かだ。
開店に向けての準備以外は特にすることが無いため、この時間は人も少ない。
といってもそれはフロアの中だけの話で、裏に入れば屈強なガードマンたちは談笑しているしディーラー同士は飽きもせず化かしあっている。
最初こそ女、しかも子供ということで舐められたりもしたが今ではそんなことはない。

「バンビーナ、調子はどうだい?」
ディーラーの一人が声をかけてきた。
「良い様に見える?最悪よ」
「暑いからなぁ。ああそうだ、聞いたか?最近この周りでよ、スリが出てるみたいなんだ。被害にあうのなんて徒歩でここに来る様な中途半端な小金持ちだけなんだけどよ、それでもこっちが搾り取るはずだった金を丸ごと掻っ攫われると思うといけすかねえよな」

それはまた、ギャングのカジノの近くでスリをするなんて怖いもの知らずな馬鹿もいたもんだ。
「一応上に伝えとくわ」
「頼んだ。じゃあ俺戻るわ」
たまには客として来いよー、なんて言いながらディーラーは自分のバカラの卓で仕込みを始めた。
そんな風に仕込みをしているところを見せられて、誰が遊びに行くと言うのだ。
私は乾いた笑いを送った。

「待たせたな、ガキ。今回分だ」
「確かに」
封筒の中にリラの束が入っていることを確認して、一緒に運ばれてきたアランチャータに手を伸ばした。

「スリが増えてるんだって?」
そういってグラスに口をつける。
アランチャータの分かりやすいオレンジの味が喉の渇きを潤してくれる。
「あ?何の話だ。フィッリオの誰かが言ったのか?」
ジョカーレの爺さんは、カジノの従業員をフィッリオ、息子と呼んでいる。
その呼び方はとっても素敵だと思う。
私が知ってる中で、一番素敵なカジノだ。
まぁここ以外は話に聞く程度でしっかりと知っているわけではないのだが。

「またまた、とぼけないでよ。別に売り上げに支障があろうと問題ないから。心配してくれてるみたいだね」
「…余計な世話だ」
彼はそういいながら、ご自慢の団子鼻を撫でた。
「それ飲んでとっとと帰れ、糞ガキ」
「あいあいさー、糞ジジイ!」

ぐぐっとアランチャータを一気に飲み干し、私はカジノを出た。