舞われまわれ | ナノ
別人の、けれども彼の声の断末魔。 酷く酷く何度も何度もその声だけが繰り返される。
割れるような頭痛で目を覚ました。 体を起こすと視界が揺れている。 まだ、世界は歪んでいる。 それでも歪んだ視界なりに辺りを見回すと、ここがリビングであるとわかった。 耳鳴りがひどい。 「起きたか」 「…あ」 椅子から立ち上がったブチャラティが、こちらに近づいてきた。 断末魔が再生される。 私が聞いたのは、確かにその声だ。 その声の、断末魔だ。 耳鳴りも変わらず酷いものだ。 「暫く眩暈は続くかもしれないが、治るそうだ。よかったな」 「…」 「どうした?」 ブチャラティは、確かにそこにいた。 「…」 断末魔が繰り返し繰り返し再生される。 耳鳴りはまだ鳴り響いている。 叫び声と高周波の音が頭を支配する。 頭蓋骨ごと振動しているみたいだ。 「ブチャラティ…?」 「どうしたんだ」 「生きてる、よね?」 私は一体、何を聞いているんだろう。 自分の声をやけに遠くに感じた。 「…ああ」 一瞬怪訝そうな顔をしながらも、すぐに彼は微笑んでくれた。 それはやっぱり、彼の声で。 「俺はここにいるぞ、マキナ」 そういって頭を撫でられた。
「っ、…」 その手の暖かさが、優しげな声音が、確かなものと感じれば感じるほど胸が苦しくなった。 「良かった…っ」 山の雪が春の暖かさで解けていくみたいに、優しくじんわりと断末魔が遠くなっていく。 「本当に、良かった…」 耳鳴りは変わらず酷い。 それでもあの叫び声が遠のいていくだけでこんなにも。 「良かったっ…!」 視界が涙で潤む。 ただでさえ平衡感覚がない可笑しな世界の歪みが増す。 そんな歪みきった世界に、白い何かが移りこんだ。 膝の上で増す重量に、涙をぬぐい眼を凝らせば
にゃーお。
まっすぐこちらを見つめる猫がうつった。
「懐かれたみたいだな」 そういって笑った彼は、自分の存在を知らしめるように私を抱きしめてくれた。 それを合図に堰を切ったような涙がどんどんと溢れ出してきた。 断末魔を洗い流すかのように声をあげて泣いた。 ただひたすらに泣きじゃくった。
もう、断末魔は聞こえない。
|
|