舞われまわれ | ナノ







異変が起きたのは、すぐだった。
世界が揺れたのだ。
「…なにこれ」
世界が揺らぎ歪む、違う。
歪んでいるのは、私だ。
体の平衡感覚が保てず、強烈な吐き気に襲われる。
まるで、乗り物に酔ったみたいだ。
堪らなくなり、私は床に膝を付いた。

それを見計らって、銃を持つほうの男が私に近づいてくる。
なるほど、どうやら何かナイフに塗られていたようだ。
三半規管でも狂わされているのだろうか。
「大人しくしてるんだな」
私の額に銃口をつきつけ男は笑った。

「ブレインシチューッ!!!」
「無駄だ、今のお前では正確な攻撃もままなるまい!!」
ブレインシチューの長い爪を、自分の頭に突き刺した。
神経への命令は、三半規管を通常に動かすこと。
薬からの影響を存在しないものだと誤認させる。
すっ、と頭が楽になる。
「お別れだ」
カチリ、とハンマーが起こされシリンダーが回る音がした。
今しかない。
はっきりとした視界で、そのまま真っ直ぐ男へと突っ込む。
急にタックルを食らわされた男は尻餅をついた。
スタンド使いの男のほうも面を食らったようだ。
あまりにも、私の足取りがしっかりとしているものだから。
すぐにブレインシチューで、尻餅をついているほうの男の手足を折る。
途端に上がる悲鳴と変形した仲間の手足に、眼の前の男の顔が引きつった。

大丈夫だ、何も心配することはない。
彼もすぐにこうなるのだから。

「やめてくれ!!!!!!」
尚、マスクをつけたままの男の口からはブチャラティの声で悲鳴が上がった。
「…ッ」
ブレインシチューの動きが止まった。
この、声というのは存外厄介なものかも知れない。
私の感情の機微を目ざとく察したのか、男は卑下た笑いを浮かべた。

「俺を傷つけるなんて事、しないよな」
「黙れ」
どんなに口調が違うとしても、やはりその声はブチャラティで。
「やめてくれよ、頼むよ」
「黙れって言ってるでしょ!!」
「うわあああああああああああ」
ブレインシチューが手を振りかざすも、その叫び声を聞いてまた止まってしまう。
どうしよう、どうしよう。

「やっぱりな、俺がこの声の限りお前は俺を傷つけられない。そうだろう?」
「違う!」
「じゃあ俺を殺してみろよ!出来ないんだろう!?」
ブチャラティはこんな風には喋らない。
それでもその声はやっぱりブチャラティで。
男は床に転がった拳銃を拾い上げた。
「泣かせるよなぁ、まったく」
まずい、このままじゃあまずい。
なのに体は戦意を喪失している。
声がブチャラティなだけなのだ。
たったそれだけのことなのだ。
幾ら頭で理解しようとも、動けないのだ。
それでも、私は動けないのだ。

気付いてしまった。
私の弱点は、ブチャラティなんだ。