舞われまわれ | ナノ







「要は見くびるなってことよ」

やっと顔を上げたフーゴは酷く情けない顔をしていた。
迷子の子供が母親を見つけた時のような、緊張の糸が切れた隙だらけの顔だ。
彼は私がなんと言うと思っていたのだろうか。
おおよその想像がその表情からついて、私は憤慨した。
仲良くなる、というのは片方の努力だけではどうにもならない。
双方が歩み寄ることで、実現するのだ。
まったく、彼は私をなんだと思っていたのだろうか。

「フーゴのキレやすい所もわかったうえで仲良くなったんでしょ。でもそのあとしっかり謝る、誠意を見せてくれる。あなたが暴力だけの人じゃ無いってわかってるから皆仲良くなったの。仲良くなろうと思ったの」

そんな自分をあんなふうに言うなんて、そんな彼を仲間と認めている私にも失礼な話じゃないだろうか。

「相手を傷つけることを怖れている、それが大切な人限定であったとしてもあなたは十分正常よ」

そこの判断が付いてる人間が正常でないはずが無い。
というか、その教師とやらは彼が罪悪感を感じないほどの何かを彼に仕出かしたんではないだろうか。
フーゴという少年は、自分に非がある場合はそれをしっかりと反省する人間だ。
そう、私は思っている。

「そして単純に考えて」
そうとてもシンプルなことを彼は忘れているのだ。
「仲良くならないほうがいいなんて無いでしょ」

呆気に取られていたフーゴが、ここでようやく我に返った。

「…すみません、こんな話して」
俯きながら、彼は呟いた。
「謝らないでよ。フーゴはもっと頼っていいと思うけど」

彼はなんだかんだいっても私の二つも下だ。

「今でも、充分ですよ」
そこでやっとフーゴは笑った。
困ったように笑う顔からは、まだ身分不相応と考えている感は拭えない。
「こういうことは欲張っても罰当たらないわよ」
「ありがとう、ございます」
それでも肩の荷は下りたようだ。

考えても見れば、彼はなんとも損な性格だ。
多くの場合で、彼への第一印象は大人しく礼儀正しい謙虚な好青年。
そしてその人柄からは想像の出来ないキレ方をするのだから、印象は悪くなるだけだ。
もとから怒ってばかりの人よりも印象は悪くなるだろう。
苦労もしのばれるというものだ。

「そういえば、フーゴって名前じゃなかったのね」
「あ、…ええ」

あからさまに嫌な顔をされた。

「で、名前は何なの?」
「それは…」
「それは?」

今回の喧嘩の原因に興味がないわけではない。
なによりナランチャのあの楽しそうな顔が好奇心を刺激するわけで。

「笑いませんか?」
苦虫を噛み潰すような、渋い顔でフーゴは聞いてきた。
「そんな失礼なことしないわよ」
といいつつも、期待に胸は膨らむ。
反面、たかが名前という気持ちも捨てられない。

「…」
「…」
暫く視線を泳がせていたフーゴは観念したかのように、こちらを見た。
「…パンナコッタ」
「え」
「パンナコッタ・フーゴです」

パンナコッタ。

それは、いわゆるドルチェの名前では。

「っふ…、な、っ…か、可愛い、じゃな、い…っふふ」
「だから嫌だったんだ!!!ナランチャの奴、やっぱり殺す!!!!!!!!」
「お、落ち着きなって…」
「テメェもそのニヤけた面どうにかしろッ!!!!!!!」
フーゴはキレるが、それは今の私にとっては逆効果なわけで。
こんな風にプッツンする奴の名前が―パンナコッタ。
「ぶふぅっ!!!!!」
「んのアマ…」
「ごめ、ごめんって……………………パンナちゃん」
言った後、予想以上の破壊力に自分で噴き出してしまった。
「ぶっはははははははははははは!!!!!」
「今すぐ死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーッ!!!!!!!!!!!!」
これは、ナランチャの気持ちが良く分かる。