舞われまわれ | ナノ







「何か飲む?」
「…いい」
「そっか」

彼がここに来てからおよそ3週間。
目も癒え、包帯もとうの昔になくなった。
少年は何かを考えていた。
まぁおおよそのことはわかった。
なぜなら先刻、彼はブチャラティに怒鳴られており、その現場に私もいたからだ。
彼が怒鳴る所を見たのは久しぶりで、驚いた。
同時になんだか微笑ましくもあったのは当事者には言えない秘密だ。

「具合はどうですか?」
「お疲れ様ー。外寒かったでしょ。何か飲む?」

しっかりと着込んだフーゴが病院へとやってきた。
それでも尚寒そうなところを見ると、今日は午後から北風が強いという朝の天気予報は大当たりのようだ。
もはや勝手知ったる他人の家であるキッチンに向かう。

「ええ、コーヒーをお願いします。君は何か飲むかい?」
「…」
「あの…」
「ちょっと、ちょっと」

少年に無視され躊躇うフーゴを手でキッチンに招く。

「どうかしましたか」
「…あの子ね。さっきブチャラティに叱られちゃって、それからずっとあんな調子なの」
放っておいてあげてほしいことを、彼に伝える。

「ブチャラティが?何故」
「あの子が家に帰らず、あんたの所で働かせてくれって言って。それでブチャラティはガキは帰れって」
「あの人は」
少し呆れたように笑うフーゴに頷いて同意する。
「私も思った」器用というべきか不器用というべきか。
どう呼ぶべきかはわからないけど相手のことを真に考えて言ったことは確かだ。
乱暴な言い方はきっと彼をここから引き離すためのもので。

「今晩の診察で異常がなければ彼は退院するから」
「そうですか」

安心したような、少し寂しそうな、フーゴはそんな顔で少年を見つめていた。
つられて私も少年のほうを見る。
なんだかんだ、他愛のない話だけれども彼との会話も増えてきていた。
それがなくなると思うとやはり寂しくなるななんて、柄にも無いことを考えた。