舞われまわれ | ナノ







「なぁ」
最近、少年は自ら話しかけてくるようになった。

「あの、俺をここに連れてきた人ってさ」
「だから、そういう話は出来ないんだって…」
ほとんど、ブチャラティについてなのだけれども。

「別に今日は名前が知りたいとかじゃあないんだ。…アンタは、その」
少年は逡巡するような顔を見せた後、横目でこちらを見ながら口を開いた。
「あの人を信頼している?」

これに答えたところで個人情報にはつながらない。
そう判断して私は彼の話に乗ることにした。

「ええ、信頼しているわ」
間髪入れずに答えれば彼はこちらを食い入るように見つめてきた。

「本当に?」
「うん、どうしたの急に」
「絶対に、嘘じゃないのか?」
何回同じことを言わせるんだ、とも思ったが少年の必死そうな声がその言葉を飲み込ませた。

「嘘じゃないわ。絶対的な信頼を寄せている」
まっすぐはっきりとそう言い放てば、彼は先ほどの勢いはどこへやら。

「そっか…」
しゅん、と俯いてしまった。

暫くして、少年はまたこちらを見た。
でもすぐにその視線は彼の手元へと戻っていった。
「それで、裏切られたらどうすんの…?」
小さな声で彼は呟いた。

「その時は、その時ねえ」正直あんまり想像がつかなかった。
そのせいか、声は明るくなってしまった。

「後悔しない?」
それをどうとったのかは知らないけれども、彼は目線を合わせないまま更に聞いてきた。
すこし現実的に想像してみることにした。

「…悲しいだろうし、すっごく悔しいだろうけど。うん、後悔はしないだろうな」
「なんで?」
「その時信じていたのは本当だし、その時の自分を否定したくない」
「どうしてそんな風に言えるんだ。裏切られたんだぜ?」
「全部が失敗だったって後悔して否定しちゃうとさ、きっともう誰も信じられなくなっちゃう。それって、辛いと思う」
「でもっ、裏切られたんだ!憎かったりしないのか?怖くならないのか?」

彼は、もうすでにブチャラティのことを言っているんじゃないんだろう。
少年の核心に計らずしも触れてしまったのかもしれない。
不味いことをしただろうか。
しかしここで会話を打ち切るわけにもいかなかった。

「そりゃあ憎いでしょうね」
「ならっ」
「私が後悔しないって言ってるのは、自分が人を信じたこと。裏切られたんだもの、その人が嫌いになって当然でしょう。そうして人を信じるのは怖くなるかもしれない。でもそれで、もう後の人生誰も信じられないなんて悲しいよ」

それは、ずっと孤独であることと同義だ。

「むしろ、そんな目に遭ったんだもの。次こそは本当に信じるべき人をしっかりと選べるようになるんじゃあないかな。そのために必要な一歩だったと、割り切るしかないと私は思う。人を信じることも怖いけど、信じられなくなる方がずっとずっと怖いから」

なんだか思いのほか饒舌に語ってしまった。
少し恥ずかしくなり、私はね、と最後に付け足した。

少年は暫くこちらを見つめた後、何かを言おうとして、口を閉ざした。
そうして、そのままシーツにくるまってしまった。

実際にそんな目に合っていない私が言えることはこの程度のきれいごとだ。
彼の助けになればいい。
しかしあとは彼の問題だ。
これ以上私にできることはないだろうし望まれてもないだろう。

願わくば、彼が答えを見つけられますように。
それにしても、実際そんなことになったとき。
本当に私はどうするのだろうか。
少し考えて、やっぱりうまく想像できなかった。
したくなかったのかもしれない。