舞われまわれ | ナノ







ジリリリリリリリリリリ

静寂を引き裂くけたたましい電話の音に驚く。
電話の音はこんなに大きかっただろうか。
ひとり分の物音が無いだけで、ここまで変わるのか。

いや、やめよう。

それにしても誰だろうか。
葬儀屋か?
金は全て振り込んだはずだ。
一体何のようだろうか。
今はあまり誰とも話す気になれない。
一番考えたくないことを考えなければならないのだ。
しかし、暫く待っても電話は一向に切れない。
これは出るしかないだろうか。俺は渋々受話器を取った。

「もしもし…」
「もしもし、マキナです!」
「マキナ!?マキナ、か?」
「そうだよ、ブチャラティ元気?」

一番、考えたくなかったこと。
父の死をマキナに伝えると言うこと。
いつも通りの彼女の声が一層胸を締め付ける。

「体に気をつけてね。」
けれどいつもの調子の彼女の声に何処か安堵を感じる自分がいる。
自分が自分であれる場所がまだ残されていた。
それでも、これから俺はその大切な彼女に冷酷な真実を伝えなければいけない。

「…。ああ。」
伝えなくてはならない。「父さんは?寝てる?」
「…。」
それなのに、この口は動かない。

「もしもーし、あれ、通じてる?」
言葉が出てこない。
「あ、ああ。通じてる。」
伝えるべき言葉が。
「良かった。それで、父さんは」
「死んだ。父さんは、死んだんだ。マキナ。」
「え?」

ごちゃごちゃの脳内からひねり出した言葉は酷く無骨で、俺は後悔した。

「なに言ってるの?」
マキナの動揺した顔がまざまざと浮かぶ。
「病気だったんだ。末期の。それで、つい先週、息を引き取った。」
「なに、それ。」
もっと、うまくどうして伝えられないんだろう。
出てきた単語をつなげていくだけの稚拙な喋り方になってしまう。

「知らない。」
彼女の声が震えている。
俺は唇をかみ締める。
彼女をこんな気持ちにさせたかったわけじゃない。

「黙っててすまなかった。俺も父さんも、お前には、笑っていてほしかったんだ。」
「嘘だよね・・?」
「…マキナ。」
すまない、その言葉で脳内が埋め尽くされる。
嘘であったならどれだけいいだろう。

「嘘って言ってよ…。」
「マキナ、しっかりしろ。」
電話越しであることが悔やまれる。
目の前にいたのなら、抱きしめてやれたのに。
言葉しか届けることが出来ないことが歯がゆい。

「ぶ、ちゃらてぃい…」
「マキナ、父さんは最期まで笑ってた。お前が泣いてたら父さん、心配するぞ。」
彼女の声に釣られ此方まで目頭が熱くなってくる。
俺まで泣いては駄目じゃないか。
ゆっくり、震えないように声を絞り出す。

「近いうち、一度帰ってこい。墓参りに行こう。」
声が掠れてしまっている事を気取られただろうか。
彼女をこれ以上不安にはさせたくない。
「うん、うん…。」
しっかりしなくては。
俺がちゃんとしなくては。

「帰るから、帰るよぉ…」
「そうか、いつか決まったら連絡をくれ、な。」
「うんっ。」
「それじゃあ、今日は冷えるそうだから気をつけろよ。」
「うん、ブチャラティもね・・・。」

電話を置く。
明らかに、大丈夫そうではないマキナが気がかりだ。
しかし俺は暗殺チームの根城など何処にあるか分からない。
父さん頼むから、これを性質の悪い嘘にしてはくれないか?車椅子には、だれもいない。