舞われまわれ | ナノ







「…帰らなきゃ。」
どれほど泣いていたのだろうか。
半刻ほどなのかそれ以上なのか。
それ以下かもしれない。

泣くと言うのはこんなに体力を使うものなんだな、と学ぶ。
いまもまだ静かに涙は流れているけども、異様な疲れに大方の涙は引っ込んだ。

このままじゃここで寝てしまいそうだ。
ふらふらする足に力をいれ、立ち上がる。
酷い立ちくらみがして思わず壁に手を掛けた。

浮遊感、からの鈍痛と冷たさ。
壁かと思ったのはドアだったようだ。
開け放たれたそこに全体重を掛けていた私は受身も取れずに今尚雨に濡れる道路に倒れこんだ。

「…悲惨だ。」
でも立ち上がる気にはならなかった。
どうにも、雨が気持ちいい。

服はぐっしょりと見る見るうちに湿って気持ち悪いことこの上ないのだが、顔に関してはこの強い雨脚がシャワーみたいで気分が良いのだ。

そうやってぼーっと真っ暗な空を眺めていると、急に黒い影が視界を覆った。
「どうした。」
「…リーダーだ。」
真っ黒な影の正体はリーダーだった。
「洗顔中なの、かな?」
「雨は汚いぞ。」
「知ってる。」

のそのそと緩慢な動きで立ち上がる。
髪の毛はぐっしょりしていて頭が重い。
両手にスーパーの袋をぶら下げたリーダーは傘を差していなかった。

「雨は汚いぞ。」
まねをしてみた。
「急に降り出したからな。」
「あ、私傘あるよ。」
電話ボックスの中の傘を取り出す。

「貸してあげよう。」
「随分上からの物言いだな。」
「私はもう差しても差さなくても変わらないし。食べ物濡れちゃうよ。」
靴も中までぐちゃぐちゃな濡れ鼠である。
今更差したところで濡れてないところはないわけだから意味がないだろう。

「どうした。」
「ん?何が?」
「なにがあった。」
「なにも。」
「そうか。帰るか?」
「うん。」
リーダーは私の可愛らしい赤い傘を開いた。
なんとも似合わない。

「入れ。」
「いいよ。」
「誰も差してやるとは言ってない。荷物を持ってもらうだけだ。」
そういって傘を持つ方の手の袋を渡してくる。
渋々受け取り、物が濡れないように傘の中に半身を突っ込む。
無言で歩き出してから少しして、リゾットが口を開いた。

「今日はペスカトーレだ。」
「やった。大好き。」
「ムール貝が安かった。」
「ラッキーだね。」
「そうだな。」
「ホタテ入る?私ホタテ多目が良いな!」
「マキナ。」
「駄目?」
「無理に笑うな。」
「…。」
「…余計なお世話だな。」
「ううん、ありがとう。」

そんなことを言われたら引っ込んだ涙がまた止まらなくなる。
「死ん、じゃった。」
しゃっくりが止まらない。
「お父さん、死んじゃったよぉ。」
「そうか。」
「う、んっ…。」
「ホタテ、多目だったな。」
「…うん。」

傘を持つ手を持ち替え、リゾットの大きな手が頭の上に乗る。
撫で方が不器用でなんだかますます涙が止まらなくなる。

「リーダー、お母さん、みたいだ。」
「こんなデカイ餓鬼はいらん。」
「へへっ。」
「しっかりシャワー浴びろよ。」
「…うん。」

空の向こうに雲の切れ間が出来始めた。
天使のはしごだ。

もし本当にあそこに天使がいるのならちゃんとお父さんを天国に運んでくれただろうか。
お父さんは天国で幸せだろうか。

あ、でも私は信者じゃ無いしこんなことしてるし、死んでもお父さんには会えないんだろうな。
それは、さびしいなぁ。

アジトの入り口が見えてきた。
シャワー、空いてるかな。