コンパスの外。



「また泣かせたな、この色男。」
町で今夜の夕飯の買い物をしていると、ほっぺに真っ赤な紅葉を咲かせたシーザーがゴンドラを眺めながら橋で黄昏ていた。
「うるさい。被害を受けたのはこっちだ。」
「アンタなんて明日には違う子に声かけるでしょ。」
「いや、…明後日だな。腫れが意外に長引きそうなんだ。」
そういってわざとらしく紅葉形を擦る。
「…女の敵め。」
「失礼だな、全ての女性を無下には出来ないだけで彼女を裏切ったつもりはなかったんだぜ。」
よくもそんな事が言えたものだ。
こうして彼が女性に愛想をつかされた現場に居合わせたのは何度目だろう。
その度に喉元まで出かかる言葉をどうにか飲み込む。
私と彼は、この距離感だから心地良いんだ。
「また素敵なレディを探すさ。」
「…。」
こんな軽薄な男に私の純情を伝えるつもりは、ない。伝えてやるもんか。
それでこの関係が壊れてしまうなら私は何度でもその言葉を飲み込む。
いくらでも、飲み込める。
「どうしたマキナ。元気ないな。」
普段はもっと突っかかってくるのに、なんて真顔で心配してくる。
やめてよ、お願いだから。そんな隙を見せないで。
アンタみたいな男、最低って思ってなくちゃこっちはやってられないんだから。
「別に。…ちょっと、食材買い込んじゃって。そうだ、帰るならこの袋スージーQに渡しておいてくれない?私まだ買い物あるから。はい、持って!」
早口にならないように、それでも一気にまくし立てる。
期待させるような仕草をしないでほしい、身の程を忘れてしまう。
飲み込んだ言葉が、またせりあがる。
「っと、重いな。じゃあマキナ、早めに帰って来いよ。」
「わかってるわよ、アンタも早く帰って冷やしときなさいよ、それ。」
彼がそんな風に言うのはまだ日が落ちるのが早いからというだけだ。
それ以上の理由があるとするならば、彼が根っからのお人好しというだけだ。
私を意識しているわけではない、女性に言うならもっと気障ったらしく歯の浮くような台詞を言うのがシーザーという男なのだ。
唇を強くかみ締めると、鉄の味がした。
口を開けば想いが溢れてしまいそうで、黙ったまま彼を見送る。
彼に背中を向けて歩き出せないあたり、私は末期なのだろうか。
そうとも次の店は反対方向、彼が振り返ることはないだろう。さっさと買い物を続行すれば良いと思いながらも体は動かなかった。彼の背中から視線は動かない。
彼の横に女性がいれば、こんな想い仕舞い込めるのに。
その隣が空いていると、私がそこにいけるなんて勘違いをしてしまいそう。
安くてつい買い込んでしまったジャガイモだらけの重い袋、それを肩に担いだ彼の背中が道の向こうに消えて、やっと一息つく。

「私にしとけばいいのに。」
飲み込み損ねた言葉がこぼれた。


私なら、貴方がどんなに女性全員に優しいか知ってるし。
私なら、それでも貴方が彼女に対しては他の女性とは違う態度をとってるの知ってるし。

私は、誰よりも貴方を想っているのよ。


明後日、シーザーが声をかける女の子は誰だろう。
(その子になれたらいいのに。)
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