07
あの後、私たちはセツナちゃんからモンスターボールを受け取って、それぞれ選んだイーブイを中に入れて解散した。眼帯くんは結局渡されたイーブイをそのまま手持ちにしていた。私が選んだ子は終始寝ていた子。金髪くんは私たちが話し合っている間もずっときょろきょろと辺りを見渡していた子だった。

「ただいまー」
「おう。おかえり」

家に帰ってきたのは18時を過ぎた頃。思っていた以上に時間は経っていて吃驚した。帰る途中に駄菓子屋さんに寄っていたのが遅くなった理由じゃないかと言われたら、頷くしかないけど。

「お父さん、何しているの?」
「アルバム整理だよ。明日、旅立つんだろ? 手塩にかけて育てた娘がしばらくの間家を空けると考えたら少し寂しくなってな」

私に背を向けてアルバムをめくっているため、父の表情は見えない。ただ、ははっという笑い声にきゅっと胸を締め付けられる感じがした。

「……もしかして。私が研究所に呼ばれた理由、分かっていたの?」
「忘れん坊の父さんだけど、流石に娘が旅立つ前日のことまで忘れないさ」

研究所にいるときから思っていたのだけど、どうして私が旅立つ前提なのだろうか。本人の意思は尊重されないの? 私は今の生活に不服を抱いているわけじゃない。そりゃあ、いつかはこの町を出て遊びに行きたいと思う日が来るかもしれない。でも、それは1泊するとか、そういう旅行レベルの話で。旅をしようと思い立つ日は一生来ない。断言できる。この世界に生を受けて14年間、家と畑そしてわずかな店しかないヒダタウンから出たいと思わなかったのが良い証拠だ。

「スグハはこの町から出て、いろいろなものを見てきた方が良い」

心の声を読んだように、父はそう言った。私は何も答えない。父は立ち上がって、ゆっくりとした足取りで近寄ってくる。

「お前の母さん、つまり俺の妻は元々身体が弱い人だったな。だから子供はできない、または妊娠したとしても出産の負荷に耐えられないかもしれない。最初から知っていた。知っていた上で俺はあいつと結婚したんだ」
「…………」
「だから妊娠が発覚したときは悩んだよ。妻子のどちらかが欠ける、最悪の場合は両方助からないかもしれないからな」
「結果。私が生まれて、お母さんが亡くなったね」

頭を撫でられる。その手つきはあまりにも優しく、どこか懐かしいもので、眼の奥がじんわりと熱くなった。

「できなかったんだよ。2人の愛が形となったお前を殺すなんてことは」
「……それと、私の旅立ちになんの関係があるの?」
「スグハは気付いてないかもしれないけれど。お前は時折、寂しそうに遠いどこかを見つめているときがあるんだ」

くしゃりと笑った父は、今にも泣きそうな表情だった。亡くなった母のことを思い出してか、それとも私のことを思ってか。どうしてそんな表情をしているのかは、私には分からない。

「最初は甘え盛りな年頃なのに、俺は仕事の都合で家を空けることが多く、1人でいる時間が長いことが寂しいからかと思っていた。だけど違うんだよな。お前、年不相応に大人で子供のように甘えたいと思っているわけではないんだよな」

どきりと、心臓が跳ねた。父やそれ以外の人たちの前では出来るだけ子供らしく振舞っていたつもりだから、そんな風に思われているなんて考えもしなかったから。私は、父を侮っていたかもしれない。

「恥ずかしいことだけど。父さんはお前がどうしてそんな顔しているか分からない。だけど、ただ1つだけ言えることがある」
「……なに?」
「お前は自分から何かに関心を抱こうとしない。人に話題を振られたら、相手に合わせて返事はするが、自分を押し殺している」

真っ直ぐと私を射抜く父の視線。気まずくなって、俯いて顔を髪で隠す。そんなことをしても無意味だというのは分かっているのだけど、予期していなかった父の的確な言葉に対する動揺を隠すにはこうするしかなかった。

「だからお前は、旅に出る必要がある。周りに合わせることのない、自分らしさを見つけてくるべきだ」

父は物事を説明するのが苦手な人だ。いつもはこそあど言葉を活用して、感覚的な説明しかしない。そんな父が、こんなにも真剣に私に伝えようとしてくれる。言葉足らずな部分はあるけれど、言いたいことは伝わった。

「……お父さんには敵わないね」

結局、1度目の人生をそれなりに経験していたとしても。子供は親という存在に勝てないようにできているのだろう。


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