ツバサの朝は早い。ドードリオが鳴く前に目を覚まし、身体をほぐすためにストレッチをしてから軽いランニングをする。しかし、現在1番道路で野宿をしている状態なのでランニングまですることはできず、どうしたものかと頭を悩ます。

「……まあ、たまにはのんびりするのもいいっすね。満月もぐっすり寝てるみたいだし」

 昨晩、ボールの中に入って寝るのも嫌だけど、お前と一緒にテントの中で寝るのも嫌だと散々言っていたくせに。なんだかんだで丸まってぐっすり寝ているじゃないか。澄んだ青い瞳を閉じて規則正しい寝息をたてるヒトカゲ・満月を見守りながら、ツバサは今日はどこまで進むかと旅の計画を立て始めた。




 ツバサが起床してからおよそ1時間後。微かだがマサラタウンの方角からドードリオの鳴き声が聞こえた。町の人たちはそろそろお目覚めの時間か。なら、満月を起こしても良い頃合いかな。速やかに出発できるように荷物をまとめていたツバサは、未だ起きる気配なしの満月に近寄った。

「朝っすよー」
『……もうちょっと』
「寝ててもいいっすけど、せめてボールの中にはいってください。テント片付けるっす」
『…………。起きる。お前1人に片付けはやらせない』

 満月がいたところで何かできるのかと言えば、昨日焚いていた薪の処分くらいだから寝ていてもいいのに。手伝う気満々の満月に水を差すようなことを言うつもりはないが、重たい瞼を擦って起きようとする姿に思わず苦笑を浮かべてしまう。

『そういえばお前、兄がいるんだよな?』
「いるっすよー。あれ、話したっけ?」
『昨日、研究所でちらりと。あと、寝言でうめき声と一緒に呼んでた』

 寝ている最中にうめき声をあげるとは女子としていかがなものか。聞いていたのは満月1匹だけであるが、人並みにある羞恥心を拭えずにいたツバサは帽子を深くかぶって赤くなった顔を隠して話始めた。

「上に2人いるっす。偉そうな長男と自身を過小評価しがちな次男。あたしは長男を兄さん、次男を兄貴って呼び分けてるっす」
『ふうん。そいつらもお前みたいにポケモンの言葉を理解できんの?』
「あたし含めて皆、できるようになるのが当然だというように育てられたっすからね」

 テントまで片付け終えると、ツバサはリュックを背負ってそれじゃあ今日も元気に行くっすよ! とトキワシティにむけて歩き出した。満月はツバサからはぐれないようにととてとて小走り気味に隣を歩く。

「そいつらも今のお前みたいに旅したの?」
「はい。兄さんはフシギダネ、兄貴はゼニガメをオーキド博士から受け取ってカントー地方をぐるりと一周したっすよ」

 幸風の職員として働くためにはそれ相応の実力を有さないといけない。そしてその実力はジムバッジで示すのが1番分かりやすい。そのため、幸風に産まれた者は一定の年齢を超えると強制的に旅に出される。
 一生懸命ついてこようとする満月の歩幅に合わせるように歩調をゆっくりにしながら、次々とくる質問に答えていく。

『その幸風っていうのは何だ?』
「運び屋の名前。うちの家業」
『カギョー……』
「家で経営している店っす」

 会話を遮るように草むらから野生ポッポが飛び出した。襲われると身構えた満月だが、ツバサは目を輝かしてしゃがみこんだ。ちっちっと舌を鳴らして手を伸ばすと、ポッポは鳴きながら首を左右に傾げてからちょんちょんと近寄った。

「うん、いい毛並っすね。よく手入れされてる」

 優しい手つきで頭を撫でる。ポッポは気持ちよさそうにくるくると喉を鳴らし、目を細めて撫でる手に擦りつく。人懐こい様子にツバサは微笑ましげに頬を弛めて、君のトレーナーはどこっすか? と問いかけた。

『主人! あっち!』

 小さな翼を広げて飛び立つ。ぱたぱたとと音をたてて向かう先は1番道路の終わり、トキワシティの入り口。そこに出来ている人だかりの中心。ポッポのトレーナーらしき人物の肩に乗るとぽっぽー! と大きく鳴いた。

「勝者・チリク! これで彼の10勝目! 誰か彼の勢いを止めようとする者はいないのかな?」

 人混みをかき分けて中心に出れば、太陽の光が反射してきらきら輝く長い金髪を高い位置にツインテールで結った少女が声高らかにポケモンバトルの実況を行っていた。バトルが終えれば、その少女は、さあさあ、まだまだ挑戦者は募集中なんだよ! 骨がある者はかかってこい。そう観客を煽る。

『なんだあれ』
「ストリートバトルっすね。ルールはその人それぞれであるけど、共通点と言えばこういう道路と町の間でとか、街の中でとか。とにかく人が集まりそうな場所で大々的に行うんす」

 満月の疑問にツバサは小声で答える。そのすとりーとばとるは、普通のバトルとは何が違うんだよ。満月は聞き慣れない単語をたどたどしく復唱しながら更に質問をする。そのときの首を傾げたときの態度が可愛らしく、ツバサが1人悶えていたのは言うまでもない。

「おっ。君、色違いのヒトカゲなんて珍しい子もっているね!」
「え、あたしっすか?」
「そう! うんうん、このヒトカゲなかなかに強そうだね」

チリクの11人目の相手は君に決めた! 金髪の少女は髪を揺らしながらにっこり笑った。

 

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