何がきっかけでかは知らないが、ヒトカゲが心変わりをしたおかげで1人と1匹で1番道路へ足を踏み入れたツバサは今、

「下にいると危ないっすよー」
『ちょっと待て。お前もしかしてその状態から……』
「そのもしかして、っす!」
『両手塞がってるのに飛び降りるなあああ!』

 食料を集めるためにと木登りに精を出していた。エイパムのように軽々と木に登り、熟した木の実を両手いっぱいに集めると、その高い位置にある枝から飛び降りて華麗に着地する。右手を使用するとヒトカゲに睨まれるため、できるだけ動かさないようにしているからバランスをとるのは難しいが、身体能力に恵まれたツバサにとってはこの程度朝飯前であった。

『信じられねえ! 普通あんな場所から飛び降りるか!?』
「スカイダイビングと比べたら大したことないっすよ」
『いろいろ違うだろ!』
「そんなことよりテント張るの手伝ってくださいよー」

 地図で見たら1番道路を越えるのは楽かと思っていたが、そんなことはなかった。予想していたよりも道は長いし、まだレベルの低いヒトカゲ1匹しかいないため、飛び出してきた野生のポケモンと戦っては休憩を挟まなければならなく、それを繰り返しているうちに日が暮れ始めた。出発に手間取ってしまったこともあってこれは仕方がないと焦る自分に言い聞かせたツバサは、野生のポケモンの縄張りになっていなさそうな場所にテントを張ることに決めた。そして今に至る。

『テントとかよく持ってたな』
「新人トレーナーの心強い味方、四次元のようにどんどん入るリュックサック先輩がいればテントだって寝袋だってどーんとこいっすよ」
『いや、重量的問題で』
「こんなもの軽いもんっす」

 テント一式でどれくらいの重さがあるのか、体格的に持つことのできないヒトカゲだが、大きさ的に重たいことは確かなので、それを軽いと言ってのけるツバサに馬鹿力かと呟いた。ばっちりとそれを聞いたツバサはか弱いとまでは言わないっすけど、それは失礼っすよ! とぷりぷり怒っていたが、正直言ってその高身長と中性的な顔立ちのせいで可愛らしいとは言い難い。

「あ、そういえばヒトカゲって名前あるんすか?」
『ヒトカゲだろ』
「そういうのじゃなくて。あたしにツバサっていう名前があるように、君にも種族名とは別の名前があるんじゃないかって。ほら、昼間に人間が仲間と引き離したって言ったじゃないっすか。だからその仲間に呼ばれてた名前があるのかなーって」
『お前、ツバサって言うんだ』

 名前を知らないのについてきたのか。警戒心が強いわりには変なところで抜けている。ツバサの名前を何度か繰り返してから、覚えたと満足そうに頷いた。

『仲間からはヒトカゲとしか呼ばれてない』
「そう。じゃあ、これからは自分のことを満月と名乗るといいっすよ」
『まん、げつ……?』
「そう、満月。それが君の名前」

 テントを張り終えると、次は夕食を作るために薪を集め始める。ヒトカゲは突然言い渡された新たな名前に目をまばたかせ、先程と同じように次はその名前を何度も何度も繰り返す。ツバサはその様子を微笑ましく見ていた。

『まんげつ、まんげつ、マンゲツ……俺の名前……』
「人間から名前を貰うなんて君とっては不愉快極まりないことなのだろうけど、種族名じゃいざというとき呼び分けが困るんすよ」
『……空に咲いてる花だよな。マンゲツって』
「あはは。これはまた綺麗な表現をするっすね」

 ヒトカゲが意外にもロマンチストなのだということを知ったツバサは小さく笑いながらその表現、いいっすね。とまるまるとした小さな頭を撫でた。拗ねたのか、照れたのか。むっとしたヒトカゲはただの受け売りだと撫でる手を払う。

『俺にそんな綺麗な名前は合わない』
「あたしが考えた名前が嫌だというわけではないんすね」
『よ、呼び方に困るっていうなら仕方がなく受け取るっていうだけだ。いいか、仕方がなくだ。まだお前を認めたわけじゃない!』

 まだ、ということは……これからを期待して良いのだろうか。腕を組んで調子に乗るなと言ってるだろ! と怒る仕草をみせるヒトカゲに頬を弛めながらツバサは分かってるっすよ。と返した。

「君が似合わないと思っても、あたしは似合うと思ってその名前にしたんす。だから受け取ってください」

 あたしの勘は結構当たるんすよ。にかりと得意げに笑うツバサに、ヒトカゲはどうしてもというなら受け取ってやると素っ気なく返した。

 

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