「ツバサくんよ、もう行くのか?」
「もたもたしている時間がないっすからね。軽く言ってみせるけど、7年の差って結構焦らされるんすよ」
「じゃが、あのヒトカゲは……」
「あそこまで嫌がられたらどうしようもないっすよね。残念ですが、諦めるっす」

 あの後、ヒトカゲは我に返ってツバサの手を叩き落として部屋から飛び出してしまった。オーキド博士とともに研究所の中を探したが見つからず。そこまでして嫌なら流石に連れていくことはできないとツバサは判断した。苦渋の選択であった、というのは笑顔を保つツバサから察す者はここにいない。

「兄さんが簡単にできたと言ってたから、ちょっと甘く見てたっす」
「……彼はあっという間に懐かれたからなあ」

 その言葉はツバサの焦りを更に募らせたるには十分であった。あのヒトカゲを連れていくことを諦めたというのはつまり、旅をするにあたって父に設けられた条件を満たせないということ。その失敗を挽回する手段は他にもあるのかもしれない。が、それは手ぶらの状態で落ちた崖を登るように困難なこと。ほぼ不可能に近い。

「旅をしながら他の方法を考えるっす。オーキド博士、手間をかけていただいたのに無駄にしてしまって申し訳ありません」
「……せめてツバサの旅が茨の道ではないことを願っておるぞ」

 最初の手持ちのポケモンを1番道路に足を踏み入れ、誰かを捕まえないといけないという時点で既に茨の道に入りかけているけど。喉元まで出かかった言葉を呑み込んでツバサは再度謝罪と、お礼を言って研究所を去る。

「凛雨にあんなこと言っておいてこれはない。格好悪すぎっす」

 前途多難な出だしにツバサは少し泣きそうになった。1人でいるからこそ零れた弱音に、自己嫌悪する。ここからどう挽回するか、頭を悩ますが良案は何も浮かばない。

『ちょっと待てよ!』
「しまいには幻聴まで聞こえてくるし」
『幻聴にすんな! このデカ女!!』

 とんっ、と小さな衝撃が背中を襲った。驚いた××は振り返ったが、そこには誰もいない。首を傾げてると、下だ、馬鹿! と誘導されたので視線を落とす。

「あれ、なんで 」
『なんではこっちの台詞だ! 何勝手に去ってるんだよ!』
「え……だって」
『連れてくって力強く言った数十分後にはもう諦めるとか、気が変わるの早すぎなんだよ。もっと粘れよ!』

 両手を使って持っていたチーゴの実をツバサの顔面めがけて投げられる。火傷を負っていない左手でキャッチすると、ツバサは粘ってほしかったんすか? と茶化した。

『ほしくねーよ! ニンゲンは自分勝手で俺たちを物の扱うし、俺を仲間と引き離したし。大嫌いだ』
「だったら早々に諦められたのは君にとって好都合だったんじゃ」
『でもお前の態度から、少し外に出てても俺の気が変わるんじゃないかと粘って研究所にいるだろうと思ってた』

 なのにチーゴの実を取りに行ってたらもういないとかふざけんな、くそ。火傷にはそれがいいんだからさっさと食えよ。と文句とともに木の実を食べることを急かされる。
 その可愛らしい態度にツバサは瞬きを繰り返し、そしてもしかしてと淡い期待を抱きながら笑いをもらす。

『何笑ってんだよ! 火傷にはチーゴの実だろ』
「いや、確かにそうっすけど……それはポケモンにしか効果ないっすよ」

 人間には苦味のある果実、みたいなもので。食べることによって得られる効果は木の実単体じゃ得られないのに。この子はそれを知らなかったのだろうか、知らずに探してきてくれたのか。そう考えるとおかしくて笑いが止まることはなかった。

『じゃあどうすんだよ。旅するのに右手が火傷してるとか困るだろ』
「別に両利きだからこまら」
『し、仕方が無いからこの旅の間だけ。俺がお前の右手代わりになってやる』
「……え」

 ツバサは耳を疑った。わざわざ追いかけてくれたのだからと期待をしていた部分もあったが、こうもあっさり旅を共にすることを了承されるとは。あれだけ嫌々言っていたのに、なんで急に心変わりしたのか。それこそ早すぎではないか。

『なんだよ、その顔。文句あるのか?』
「……そうっすね。強いて言うなら旅が終えてもあたしの右腕いてくれたら嬉しいんすけど」

 理由はなんであれ、首の皮が繋がった。そのことにほっとして、膝を折って視線を合わせれば、調子に乗るなの一言で一蹴された。どうやら旅は共にしてくれるようだが、相棒になったとは言い難いらしい。

 

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