幸風。
 『いつでも、どこでも、幸せをお届けします』がキャッチコピーで有名なカントー地方の運び屋である。組織構造は極めて単純、創始者の血族が幸風を受け継ぐ。その当主に人が集い、職員として働く。これだけである。しかし、単純な構造ではあるがこの当主を決めるのが複雑なものであった。幸風の当主の座を継ぐ条件は『創始者の血族であること』即ち、兄弟間だけでなく従兄弟、再従兄弟と血の繋がりがある者が皆その資格を持ち、ライバルとなる。一時期はそれが原因で跡継ぎ問題泥沼化をし、幸風の衰退の危機まで陥らせた。
 その危機を乗り越えた現在、次世代の幸風の当主はとある兄妹たちの中から選ばれるとまで絞られた。

「帽子よし、バッジよし、服装もよし。うん、完璧っす!」
「寝癖はノーコメントなのか?」
「これは寝癖じゃなくて癖毛っすよ! さらさらストレートヘアーな兄貴にはこの苦労が分からないんすね!」

 次期当主の候補者の1人はその兄妹の中の最年少である妹・ツバサである。当初は才に恵まれた長男が次の当主であろうと職員の間で囃されていた。3つ下の次男は残念ながら並の能力しかもっておらず、天才な上に努力家な長男に敵うわけもなく、自ら長男を補佐する地位に立つことを望み、そして納得していた。
 しかし、次男が誕生してから4年後に産まれた長女が平穏に終えるはずだった跡継ぎ問題の静かな水面に波紋を呼んだ。

「あーあ。雲一つない快晴の日々の終わりを告げるカウントダウンが始まるなあ」
「これからあたしが嵐を起こす」
「逆転劇なんて起こらせるわけ無いだろって兄さんが嬉々として言ってたけどな」

 長男が天才であるならば、長女は鬼才である。
 スポンジが水を吸うように知識を吸収し、竹のようににょきにょき技術を伸ばしていくツバサは7年の差を嘲笑うかのように軽々と縮めた。そして確定していた長男の跡継ぎの座を揺るがした。
 しかもツバサは、次男が才能の差と努力の差に長男に敵わないと認めて身を引いたように、長男とは7年の間についてしまった経験や人望の差に敵わないと言って身を引くことはしなかった。むしろ、その差を縮めて逆転するのが燃えるのだと不敵な笑みを浮かべて高らかに宣言した。

「あたしは兄さんから跡継ぎの座を奪うっすよ」
「野心家の兄妹に挟まれた俺の気持ちー」
「兄貴は諦めがいいっすからね」
「おう。早々に諦めて他とは別の方向で努力した方が報われるからな」

 次男の言葉にツバサは「そういうもんすかね?」と納得できないような顔をして首を傾げる。自分にストイックで努力を惜しまないだけでなく、生来から才にあふれていたせいで凡人の気持ちが分からない妹の態度に次男は苦笑して帽子の上からツバサの頭を撫で回す。

「ツバサが旅に出たら、当分は家が静かになるなあ」
「嵐の前の静けさってやつっすね」
「雨と雷の戦いって感じだな」

 それは良い例え。ツバサは次男の言葉に同意した。

 ポッポの壁掛け時計がぽっぽーと鳴いた。それにはっとしたツバサは「オーキド博士のところに行かなきゃ!」と慌て出す。

「オーキド博士のところからそのまま旅にでんのか?」
「うん! 父さんたちには昨日のうちに挨拶してるし!」
「兄貴には?」
「そうっすね……」

 慌ただしく階段を駆け降り、靴を履く。旅立ち直前まで騒がしい妹だと次男は呆れて、ゆっくり階段を降りた。

「下剋上するから覚悟しとけっす」

 って、伝えといてください。にやりんと悪戯めいた笑みを浮かべて伝言を任せると、返事を待たずに家を飛び出した。

「下剋上……ってことは、まだ自分は兄さんより劣っているというのは認めているんだな」

 その上で当主の座を奪い取ろうと考えるのだから末恐ろしい。次男は肩を竦めて壁にもたれかかり、窓から見えた父に正式にトレーナーとなるまではこいつを育てるように、と言って渡されたポケモンに飛び乗り、研究所へ飛び立とうとするツバサの姿に笑いをこぼした。

 

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