朝早くに家のチャイムが訪問者の訪れを知らせた。こんな日に、しかもこんな時間に誰だろうか。年賀状を届けてくれた郵便局員……は、チャイムを鳴らさないよな。テツたちか? ほどよく温まり心地の良い布団から抜け出し、冷えた床に足をつけて斗真は訪問者の心当たりを浮かべながら玄関に向かう。
「どちら様ですか?」 「やっほ〜」 「…………」
俺、疲れてんのかな。 無言で扉を閉め、今見た光景を否定するように濁った声をあげながら眉間をもむ。
「と〜ま〜と〜ん。寒いから開けてほしいな〜」 「そりゃ寒いでしょうが!なんで着物だけなの?!」 「いやあ〜、やっぱりこの時期の日本は寒いね〜。あっちは温かいからうっかりね〜」
ずずと鼻を啜る音を聞いて斗真は慌ててドアを開き、突然の訪問者、アスカを中に招き入れた。ポンチョなりなんなりを身につければいいのにどうして何も羽織っていないのだ。相変わらずよく分からないその様にため息を吐く。そのときアスカがまたいつものように幸せが逃げるうんぬんと言ったのは割愛しておこう。
「何の用……という質問は置いておいて。なんでこんな時間に?」 「とまとんに新年の挨拶しようかな〜って〜。でもとまとん御家族とかお友達とかと初詣行くかな〜って思ったから早めに〜」 「(早すぎる……)でもアスカちゃんだって家族の人と過ごすんじゃないの?仲いいし……キラとか」 「年末の大掃除がちょっと大変だったうえに夜中まで持ち越しちゃったから皆寝正月なの〜。もともとお正月とかそういう行事に馴染みのない人たちだしね〜」 「大掃除はちゃんとするんだ」 「うん。も〜大変だったんだよ〜。もの(雑魚)が多くて捨てるのがね〜」 「へえ」
微妙に会話が噛みあっていなかったが斗真はそれ気付かない。 アスカの言う大掃除というのは夢幻旅団の情報を得て襲撃しにきた輩を始末することなのだが、斗真の場合は一般的家庭が行う大掃除だと思っている。それを知っていながら指摘をすることはないアスカは一応表と裏の線引きはできているみたいだ。
「ところでとまとん」 「なに?」 「私、おしるこかお雑煮が食べたい〜」
アスカ曰く、これを食べないと新年を迎えた気にならないらしい。しかし今住んでいる場所ではお餅が販売されていなく作ることすらできない、とのこと。正確にはお餅、ではなく食料全体が少ないということなのだが、それをわざわざ知らせることはない。
「今から作るから少し時間かかるけれどいい?」 「私も手伝う〜」
斗真に続き、アスカがひょこひょこと台所へ向かう。その途中であ〜!と彼女は声をあげる。その声は思いのほか大きかったようで斗真の大きな身体はびくりと反応させた。
「ど、どうしたの?」 「大事なこと忘れてた〜!」 「大事なこと……?」 「新年明けましておめでとうございます。本年度もよろしくお願いします」
着物の裾を綺麗に整え直してからお辞儀とともに発せられた新年の挨拶。普段の緩い具合からは想像できないその正しさに、彼女の家柄はよいところだったことを思い浮かべさせる。
「こちらこそよろしくお願いします」
それにつられた斗真も頭を下げて正しく挨拶を口にする。この後なんだかおかしくて二人して笑い、お雑煮を作りだすのだが。 どうやらアスカ置き手紙もなにも残さずこちらに向かってきたようで。突然行方をくらましたことに心配した過保護な従者が汗を滲ませて窓ガラスを割って入ってきた、というのはまた別の話にしよう。
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