とと様が死んだ。

一月ぶりに帰ってきたとと様の体はつめたくて、傷だらけで、おおきな手を持ち上げてもどさっと落ちてしまう。いつもみたいに優しく撫でて欲しいのにとと様は動かなくて、どうして?と刑部に問えばただただ無言でぎゅっとされた。

はんべも遠い所に行ったと聞かされて、とと様も居なくなって、いえやすも豊臣から抜けてしまって。去年の春はみんなで桜を見にいって笑っていたのに、今年の春はましろの家族はバラバラで、なんだかましろの胸にぽっかりと穴があいたみたい。

でもましろよりおっきな穴が空いてしまったのは三成なんだろう。とと様が冷たくなって帰ってきた日から三成は部屋から出てこないで部屋で泣いている。声はしないけれど、ただただ静かに泣いている。時々怖い声でいえやすの名前を呼んで、そしてまた声も無くしくしくと泣いている。


「ぎょーぶ、どうして三成はいえやすの名前を呼んで泣いておるのだ」

「…ぬしには関係なかろ」

「かんけーある、聞かせよ。ましろは、家族であろ?」


刑部の膝のうえにすわりながら顔を覗き込めば、刑部は少し黙ったあとにため息を吐いた。そして静かに「全て徳川が悪いのよ」とつぶやいてましろを抱っこする力を強くする。


「太閤を討ったは徳川よ。太閤が討たれ、徳川に裏切られた三成の心は死んでしまった」

「そんな、いえやすが」

「真よ、マコト」

「ぎょうぶの嘘つき、いえやすはましろと何度も遊んでくれたのだぞ、家族だと、おもってたのに、そんな、」


嘘だうそだと首を振るとその度刑部が真、マコトと首を振る。胸がくるしくてくるしくて涙が出ると、刑部は優しくぬぐってくれる。こんなにも刑部はましろに優しいのに、でも普段から刑部はうそをつくからどうしても信じられなくて、嘘であってほしくて、ならば三成に聞こうと刑部の元を離れた。


「みつなり、開けるぞ」


お返事が来る前に障子を開ければ、部屋の隅で三成は膝を抱えて泣いていた。となりに座って同じように膝を抱えると、静かに三成が口を開く。


「…聞いたのか、家康の事」

「…うん。でも刑部はうそつきだから、みつなりに聞きに来た。いえやすがとと様を殺したのは、ほんとか」

「……」

「…、そっか」


三成は何も言わなかったが、ぐっ、と裾を握った手が強くなったから、本当なんだろう。それからゆっくりと立って三成の頭をぎゅっとしてやれば、三成の長い手がましろをぎゅっとする。


「私はこの世界が、家康が、憎い」

「うん、」

「お前から父親を奪った家康が、私から生きる意味を奪った家康が、家康を讃え秀吉様を忘れてゆく世界が、憎くて憎くてたまらない」

「うん、」

「お前は、憎くはないのか」

「…わからない。いえやすの事は見たわけじゃないから、まだ、ちょっとだけ信じられないけど、本当ならましろはちょっとだけ、ちょっとだけいえやすを嫌いになるかもしれない。でも、世界は嫌いにはならない。とと様が大好きだったひのもとを、ましろは嫌いにはなれないよ」

「…」

「けれど、三成や刑部がこの世界を嫌いになって、世界が二人を嫌っても、ましろだけは二人がだいすきだから」

「…私が家康を討つと言えば、お前は止めるか」

「ううん、好きにおやり、ましろはとと様が死んでもとよとみの味方だから、ましろは最後までとと様が成そうとしていたこの世界のゆくすえを見やるよ」


顔を上げた三成の顔は酷く疲れたようすで目は真っ赤に腫れ上がっていた。刑部がましろにしてくれたように、目尻を裾で拭うと三成がほんの少しだけ優しく笑う。ああ、きっと今三成は生き返ったのだ、家康を討つと、ただそれだけを生きる目標にして。


「…行くぞ白、もう泣くのは止めだ。私は歩みを止めない、私が歩みを止めるのは家康の首を秀吉様の墓前に掲げる時のみだ」

「あい、ぎょーぶも心配しておった」


ましろには、それが三成にとって幸せなのかはわからない。きっと、もう誰にも三成の幸せはわからない。この時三成を止めていれば、みんなが幸せになれたのか、もう誰にもわからない。

わからないから、ましろたちはもう進むしかないのだ。



食うな泣くな眠るな殺せ
(可哀想な男だ、と只一向に思う)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -