戦場に響き渡るは男達の雄叫び。風に乗って流れるのは火薬と人が焼ける匂い。辺りは血と死臭にまみれ物言わぬ骸は開いた瞳孔に曇天をただただ映すのみ。
この凄惨としか良いようの無い場に、大谷吉継は嬉しそうに口を開いた。
「ヒ、ヒヒッ やれ不幸よなぁ不幸よなァ?見やれ三成、どんどん空にアレの種が溜まりよる、われは今から屑星共が降るのが楽しみでならん」
「刑部、今は戦中だ。秀吉様も見に来ていらっしゃるのだ、無駄口を叩く暇があるなら戦功を上げんか」
「すまぬすまぬ、分かっておるわ。だが敵方もだいぶ疲弊しよる、ぬしが出ればじきに終いよ。哀れアワレ」
ヒヒヒッ、と肩を揺らす友の姿に溜め息を吐いて三成と呼ばれた人物は戦地へと向かっていった。その背を眺めながら大谷もふわりと輿を動かし淀んだ空気を胃にゆっくりと吸い込み進む。
「…ん?」
向かい来る敵に数珠を叩き付け死体を生産していく。そしてふと、一際大きく積まれた死体の山に目をやると死体の隙間から酷く白い小さな手が見えた。それに何気なく近付けばぴくり、と動きそれからもがく様に暴れ始める。
「なんと、まだ息がありよるか。嗚呼嗚呼、少し待ちやれ…今出してやろうぞ」
「…っぷっはぁっ!!」
「…なんと、童子か」
なんとなく気紛れで助けてみる事にした大谷は、数珠を使い死体を退けやる。死体を七つ程退ければ中から出てきたのは髪を真っ赤に濡らした幼女であった。所々白い髪はこの娘の元々の髪色なのか、先程までいた友の髪色と良く似ていた。
そして娘は大きく息を吸い込んだ後、はふんと吐いて「死ぬかと思ったぞ!」と自分を埋めていた死体の一つを叩いた。
「やれ娘子」
「むぉあ、なんだおまえー」
数珠の一つを使って娘の体を浮かばせると漸く自分の存在に気付いたのか、だが特に怯えた様な素振りをみせず、宙ぶらりんになりながらもただ純粋に何者かを問う目で見つめられる。
小さな子供など今までどれも自分の異様な姿を見れば泣き出したと言うのに物怖じ一つしないこの娘の姿に大谷は酷く興味を持ち、そして気に入った。
「名を問う時は自分から名乗るのが礼儀であろ」
「名前かぁ…うー?なまえー?なまえ、うぅん」
「名が無いのか、忘れたのか」
「たぶんない方だな」
「さようか」
あっけらかんと答えた娘にこれまたあっけらかんと返答すれば、娘は居心地が悪いのかばたばたと暴れ始める。
「あまり動くと落とすぞ」
「帯でおなかいたいー」
「我慢しやれ」
「刑部!其処で何をしている!戦は終わったぞ」
「おぉ三成、さよかさよか」
「…刑部、それはなんだ」
「むぉっ!?」
娘に夢中で鬨を聞き逃したらしい、娘と同じく返り血で白い髪を赤く濡らした友の呼び掛けで漸く戦の終わりを知る。未だに宙ぶらりんの娘を三成の方に投げて寄越せば咄嗟ながらも三成は娘を抱き止めた。
「なに、面白い拾い物よ。どうやら孤児の様でな?」
「何!貴様家がないのか!?」
「気付いたらここにいたからなぁ」
「名もないそうだ」
「…この戦でお前が孤児になったのならば、私にはお前を助ける義務がある。そうだな?刑部」
「太閤であるなら、そう言うであろうな」
「ならば着いてこい、貴様を秀吉様の所へ連れていく!」
「ぬしはほんに、義に厚き男よ」
(…おいてけぼりだぁ)