「晋よ、明日は何時に起こせばよい」
「明日は休みだから起こさんで良いよ」
「あいわかった」
テレビをみながらされる会話、俺一人の部屋に響くもう一つの声の主は何を隠そう俺の携帯である。携帯が人の形を成す、なんてことは今の時代至って頻繁に起こる事であり今ではさして驚かれる事では無いが、そりゃあ当初は長年愛用している携帯の形がいきなり変わるなんて事に死ぬ程驚いた物だ。
俺の携帯こと吉継は、顔と身体中を包帯に包み隙間からちろりと見える肌は赤黒く、彼の目は白目と黒目の色が反転している。はたから見たらまぁ人目を引く風貌。吉継の気分によって来ている服は着物だったり鎧の様な物だったり姿を現す度に違うが、俺が今まで見た人になれる携帯達の格好とはやはりかけ離れていた。因みに通常の携帯姿の吉継は白のボディに薄い赤のラインが走っているシンプルな物。ストラップには小さな丸い水晶をつけている。
「げほっ、げほ」
「よ、吉継大丈夫か!?」
「大事ない…すこし噎せただけよな」
「そか…あんまし無理すんなよ?」
心配になってぎゅう、と後ろから抱き着けば腕に細い手がそっと添えられる。
吉継は型が古いせいか体が弱いらしい。あまり携帯を普段使わないせいで今まで携帯を買い換える事もなく、吉継はもう5年近く俺の携帯をしているが最近じゃあもうバッテリーはすぐ落ちるし文字を打ってもなかなか表示が遅かったりと不調子が続いている。その度に吉継は先ほどの様に咳き込んでは申し訳なさそうに謝るのだ。
「…ん、もう平気よ」
「…やだ、もすこしこうしてる」
「晋…」
駄々をこねて抱き着く手に力を込めれば困ったように溜め息をつかれる。そして腕に添えられた手がするりと伸びて頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「そんなに心配するでない、いざとなったら買い換えればよかろ」
「…買い換える訳ないだろ」
「われは人では無い、携帯よ。いつかは壊れる定め…いつまでもぬしと居れる訳ではないのよ」
「…」
吉継は体の向きを変えて俺と向き合うと、ぽすんと胸に頭を預けて背中に手を回す。
…そんなに手震わせてる癖に買い換えろなんて言ってんじゃねーよ、ばか。
「何が何と言おうと俺は吉継以外使う気はねーよ」
「…だがそれでは、」
「壊れたら修理に出す、バッテリーがダメになったら買えば良い。俺は別に新しい機能なんかいらねーしただメールと電話がちょっと出来りゃ満足だ。そして何より俺は吉継じゃねーとやだ」
「晋……ぬしも、物好きよな、ヒ ヒヒッ」
俯いた顔から表情は伺えない。だが強く握られた手と声は震えていて、頭からすっぽりと抱き締めてやればしだいに小さく鼻をすする音がした。
減る充電池。
(携帯だって泣く)