カツカツと白いチョークが黒板に削られて軽い音が教室に響く。大多数が黙って下を向いて必死にノートにペンを走らせ、教師の言葉を右から左、左から右へと聞き流す中、ポケットでぶるりと震えた携帯の振動は幸い、先生の声にかき消されて聞こえなかった様だ。器用に左手でペンを持ちながら右手で携帯を開けばディスプレイには新着メールのお知らせが一つ。


受信メール1: 晋
題名:チャーハンたべたい
本文:なし


まぁ、なんと質素で分かりやすいメールだこと。

題名に全ての要件の書かれたメールを閉じればそれと同時にチャイムがスピーカーから流れ出す。板書もいい頃合いで終わったのかいつもは少しばかり時間を過ぎるが今日はさっさと号令をかけて授業が終わった。時刻は丁度お昼過ぎ、生徒達は皆一目散に購買へ走ったり机を繋げたり、教室にご飯の匂いが溢れかえる。


「政宗、俺様今日早退するからこれ旦那に渡しといて」

「Ah?具合でも悪ィのか」

「んや、ダーリンにお呼ばれしちゃった」


冗談っぽく答えて二学期以降座られる事のない隣の席を撫でれば理解したのか、政宗は「あいつにやるよ、」と俺様に一粒の包装紙に包まれたチョコを投げると旦那の弁当を持って屋上へと消えた。よく見たらお高いブランドチョコだ、金もちめ。ちなみにこれは俺様が食べた。

もう一度携帯を開いて同じ様に題名に「今から行く」とだけ書いて送信。そうすればものの三秒で今度はディスプレイが着信を告げる。


「もしもし」

「…チャーハン、」

「俺様チャーハンじゃないよ」

「たべたい、おなかへった」

「買い物してくからあと三十分待ってて。どうせ米も野菜も無いんでしょ」

「もやしなら、あった。米は…炊いた」

「チャーハンにもやしは使わないね、っていうか炊いたの?自分で?偉いじゃん、なら早く作らないとね」

「さすけ、」

「何?俺様チャリだからもう切るよ?」

「…早くね」


バイバイ、の代わりに向こうから聞こえて来た腹の虫に思わず苦笑がこぼれた。あいつの家に行くのは五日ぶりくらいだから、きっと四日は何も食べてないんだろう。もう顔も知らないと言う父親から振り込まれる生活費と、時たま世話を焼いてやってる俺様。前者がなくなってもあいつはそれなりに生きそうだが後者の俺様が居なくなったら死ぬんじゃ無いだろうか、それほど迄に幼馴染兼不登校の晋は自堕落だ。小さい頃はもう少し活発だったのにな。


「おじゃまー」

「…おそい」

「はいはい御待っとさん、台所借りるよ」


合鍵を使って部屋に入れば部屋の主はあいも変わらずボサボサの頭でブランケットに包まってソファと酷く愛し合っていた。背中を蹴ってやさしーく起こしてやれば不満気な目で「遅い」だなんて、せっかく来てあげたのにね。まぁでもいつもの事なので気にせず手際良く、本日のご所望品のチャーハンを作って行く。味付けも晋好みの薄味で、ついでにスープも付ければ完璧。


「いただきます」

「はいどーぞ、おいし?」

「佐助の飯がまずかった事ない」

「何それ、キュンと来た」


晋と一緒に俺様もチャーハンを口に運べば自画自賛だがまあ美味いこと!ただ晋が炊いた米はちょっと固い、まぁでもスープがあるから別に問題は無いだろうけど。米一つ炊けない所もまたかわいい。


「佐助、」

「ん?」

「学校、たのしい?」

「まぁまぁかな、なして?」

「…何となく」


此方を向かずにゲームをしながら問う晋に此方も携帯を見たまま答えればいつもより晋の声が沈んでいた。思わず顔を上げれば晋はゲームを放り投げて地べたに寝転んで、愛用のブランケットは頭の先までかけられている。ソファに投げられたゲームからはゲームオーバーのBGMが流れていた。


「学校行きたいの?」

「…わかんない」

「晋がわかんなきゃ俺様はもっとわかんないよ」

「…今から行っても進級出来ないし」

「まぁそうだろうね、日数も単位も足りない」

「…佐助に甘えてちゃだめだなって思って、」

「それで学校に?」

「…わかんない、でもこうやって佐助に甘えてるのも、好きで」

「…」

「どうしよかな、」

「…んじゃ俺様も留年しよっかな、」


携帯を閉じて晋の横に寝転がればブランケットの隙間から晋が顔を覗かせる。そして少しだけ俺様も顔にブランケットをかければすごく晋の顔が近い。頬が赤いのは熱いのかなんなのか。


「留年すれば真田の旦那の面倒卒業までちゃんと見られるしね、大将も言えばそこまで反対はしないと思うし」

「…」

「嘘、拗ねんなよ、旦那の面倒もあるけど、俺様もっと晋と居たい。晋このままだと退学しちゃいそうだし」

「……まだ甘えてて良いの?」

「良いよ?晋が俺様以外に甘えるのヤダ」


ちゅっ、と晋のおでこに唇を押し当てれば晋は滅多に出さない大きな声で「…ばか!」なんて叫んで俺様の頭をブランケットから追い出してしまった。かわいいことこの上ない。かわいいと言っても晋は俺様よりちょっと背が高い完全な野郎だけど、それでもかわいい。


「明日迎えに行くからさ、久しぶりに制服来なよ。一緒にいこ」

「…真田もくんの?」

「んや、俺様だけ。心配しなさんな」

「佐助、」

「ん、」

「…さんきゅ」


もそりとブランケットから出たと思ったら次の瞬間頬に柔らかい感触。そしてまたブランケットにすっぽり収まる晋がたまらなくて、上から覆いかぶさってそれから二人はくんずほぐれつ……………



「って言う夢を見たんだけど晋俺様と好い加減結婚しない?」

「あー俺結婚すんなら幸村みたいな甲斐性ある奴って決めてるから。って言うか抱きつくな妄想癖」


今日も今日とて
(君しか見えない!!)

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