薄暗く分厚く雲を重ねた空からざあざあと水が落ちる。滝の様な勢いのそれに辺りはうっすらと霧がかっていて、落ちた水を吸い切れなくなった校庭は巨大な水たまりを成して歩く者の足元を汚す。ふと、ガラス越しに曇天を見れば遠くの方で一瞬光り、数秒遅れてゴロゴロと重たい音が地を走った。風も出てきた様で激しく揺れる枝は随分と淋しいものになっている。


「やれ、随分大きいな…」

「な、雷落ちるなんて聞いてない」


窓を締め切り暖房の効いた教室にシャーペンが白紙を滑る音、活字を追って頁を捲る音、アンプに繋がれず張りのないベースの音がそれぞれ響いて絡まる。壁の高い位置に吊るされた古い時計の短針は真下を向きかけていて、廊下にも他の教室にも人の姿は少ない。時折吹奏楽の甲高い間抜けな音が何処からか聞こえてくるだけだった。

ボロン、ボロンと机上に腰掛けた晋が指の赴くままに弦を弾けば弛んだ音がする。湿気で緩んだのか弦を張り直してあーでもないこーでもないと音を探すと、今度は隣に座る三成がペンを投げ出し背を伸ばす。するとぼきり、と背中が不健康な音を響かせた。


「お勉強終わり?」

「ああ、明日の予習は済ませた」

「さて、ならば帰るかと言いたいが…これではなぁ」


背中に続き肩をほぐす様に鳴らすと三成はまだ雨が降っている事に気づいたのか眉間に皺を寄せた。朝来た時は空は多少曇ってはいたものの太陽は隠れる事無く日照り、毛利もご機嫌だったため当然誰しも傘など持って来ている訳も無く。再び空を見れば今度は割と近くで閃光が走ってがなる様な音が地を伝って腹の奥に響いた。

他の者達は半数が置き傘、また半数は雨の中足元を汚して濡れて帰る選択肢を選んだ。最初は自分も濡れて帰ろうとしたが、風邪をひいたらどうすると友人二人に止められ結局雨脚が強くなる中教室にとどまる事を余儀なくされた。だがまぁ今日のは穏やかでは無いが雨が地を叩く音と言うのは落ち着くもので、教室でゆっくりすらすらと読み掛けの本を読む事が出来たのだけれども。


「俺ちゃんジュース買いいこーっと」

「どれ、われもゆこ」

「三成は?」

「…行く」


ベースをケースに投げて財布をポケットへ入れるとさもあたりまえの様に晋がわれの車椅子を押す。そして三成もあたりまえの様に自分とわれと晋の鞄を持って歩き出す。きぃきぃと軋む車輪の音が廊下にいやに響くが窓を隔てた雨の音と相まってさして気にはならない。いつからかこれが当たり前になるほど二人と過ごして来たのだと思うと、なかなかに思う物があった。


「もうちょいで卒業かあ、やだなー」

「あと四月程か、早いものよ」

「晋は卒業出来るのか」

「失敬な!今回は赤点とってないから大丈夫ですぅー」


がこんがこん、と音を鳴らして自販機の狭い取り出し口から温い茶を出せばじんわりと冷えた手が温度を取り戻してゆく。屋根に遮られて居るとは言え外に置かれた自販機の周りは冷えていて、ほう、と息を吐き出せば白い吐息がゆうらりと歪に形を歪めて消えた。

肌の白い晋の鼻はうっすらと赤くなっていて、しかしそれよりも白い三成はこの短時間で耳も鼻も指先も真っ赤になっていた。首元に巻かれたマフラーは白く、余計に赤が目立っている。


「みてみて、ブリザードブレス」

「ヒヒ、阿呆め」

「馬鹿か」

「ひっでぇなあ」


寒い寒いと白い息を吐きながら再び校舎に入れば幾らか寒さがマシになる。少し勢いは落ちたものの雨が止む様子は無く、何時の間にか校内散歩へと洒落込んだ一行はなんとなく暖を求めて食堂へと向かった。こんな時間まで食堂がやっているのは知らなかったが雨のせいか人は少なく、ただっ広い中の隅っこで我らと同じく帰りそびれた数人が談笑している。

空いている席へ適当に腰を下ろせば晋が何処からか備え付けのヒーターを引きずって来て、電気を通せばオレンジの光がぼんやりと体を温めた。


「まつさんが良かったら豚汁のめって、お前らいる?」

「おお、ありがたや、貰おうか」

「…人参が入っているなら要らない」

「人参くらい俺が食っちゃるよ、んじゃもらってくる」


晋がトレーに三つの杯を乗せて戻って来る頃にはすっかり三成の鼻から赤みが消えていた。割り箸を割って汁に口を付ければ隙間の空いた胃に染み渡る。…美味い。


「そういやさ、俺がお前らと会ったん食堂だったよな」

「あー…たしか、そうであったやもしれぬ」

「席が空いてないと、私たちの隣に座ったのだったか」

「そうそう、」


われの見た目は世辞にも良いとは言えない。三成は小学校の時から共に居るので関係ないが初めてわれの姿を見るものは大抵奇異の眼差しを向けるか同情の目を向けるか、もしくは包帯の下の肌を見て恐れを抱くかしかしない。それゆえ食事時に食堂へ赴けどわれは人に挟まれ窮屈な思いをした事はない。便利な事よ、と笑えばいつだか三成に怒られた。

しかし初対面での晋は何も言わず、さも自然にわれの隣に腰をかけて悠々と飯を食らい始めた。長年生きて来たが初めての事にわれはおろか三成までも目を丸くして、きっとあの時の三成は肝試しの様にわれの隣に来たのならいつもの様に吠えるつもりだったのだろう。二度と見られないであろう三成の顔を思い出せば思わず笑いが漏れた。


「? 何を笑っている」

「いやぁ?われは良い友を持ったと思っておっただけよ」

「うわやだ恥ずかしいどしたの刑部」

「真よマコト、本心よ」


ヒ、ヒ、と笑う度に首の皮膚が引きつって声が上ずるが、二人はさして気にする事もなく箸を進める。真にわれは良い友を持ったと。かような事冗談めいてでしか言えないし言うつもりもないが、確かにこれは本心である。あと四月で皆ばらけて違う道を進むとなると、ほんの少しだけ、らしくはないが「淋しい」と感じる。


「刑部」

「?」

「卒業しても友達だかんね。な、三成」

「当たり前の事を聞くな。それよりもこの人参をどうにかしろ」

「!  …あいあい、われが食うてやろ」

「あ、俺も食う」

「晋!!貴様どさくさに紛れて豆腐を取るな!」

「吠えるな三成…ほれ、われのをやろ」


…ほんに、われは良い友を持ったと。




何時の間にか雨は上がっていた。
(物好きな奴らめ、やれ愛し)

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