雄大と続く大海原、その果てでは空と海が混じり水面に映る太陽がジリジリと肌を焼く。波は穏やかで気持ちの良い潮風が髪と服を揺らして汗を攫っていった。波は落ち着いて居るが対照的に俺の心は晴れない。視線の先は遠く遠く、かすかに見えたこちらに向かう一文字に三つ星の家紋を掲げた水軍船、手に握った刀に力を込めれば背後に人の気配。


「そんなに気張るなよ、晋」

「…気張らねぇと、怖いんだ。相手はあの毛利、きっとこれが奴さんとの最後になる」

「お前の布陣は毛利なんかに負けやしねェさ、何てったってお前はこの鬼の右腕、鬼の金棒だぜ?」

「元親…」

「野郎共も、お前も俺が護るからよ。そしたら上手い酒飲んでどんぱちやろうぜ」

「…おう、」


不思議な物で元親の笑顔を見るとささくれ立っていた心が落ち着くのを感じる。守られる側の大将が部下を守ると言うのは少しアレだが、それこそが元親が数多くの荒くれ者を纏め、かつ慕われる理由なのだ。だから、俺は何としてもこの笑顔を守らなければいけない。


「うっし…覚悟は決めた、勝つぞ、元親」

「あたぼうよ!!」


俺が惚れ込んだ笑顔を守る、戦う理由なんざそれで充分だろう。頭巾を縛り直して息を吐く。敵は目前、やれるだけの事はやった。この日の為に考え付く限りの策も講じた、あとは波と風が味方をしてくれるだけ。

息を大きく吸い込み、元親が叫ぶ。


「野郎共!配置に付けェ!!!!」


*****


砲撃を合図に戦が始まる。爆発音をあげて目標を外れた砲弾がぐらりぐらりと波を揺らし、こちらも負けじと打ち込めば相手方の小船の一つは船の命とも言える竜骨が折れ瞬く間に海へと沈んで行った。砲弾の精度は絡繰を得意とする長曾我部が有利であり何よりもこの日の為にわざわざ滅機と木機を分解してまで砲台を増やしたのだ、こんな序の口で負ける訳には行かない。しかし毛利の船も戦国一の水軍と称されるだけあって本船は固く、またそれを守るように囲んだ小船の数も多い。大砲で船を壊すのでは無く弓によってじわじわとこちらの人手が削られ、拮抗状態で縮まらない差に思わず下唇を強く噛んだ。


「なかなか仕掛けて来ませんね毛利の野郎…」

「まだ、まだだ、こっちから動くんじゃない、あいつから来させるんだ…あと少し船がこっちに来たら暁丸をぶち込んでやる」

「風も出て来たし暫くしたら荒れそうっすね」

「大丈夫、海は元親の味方だ」


びゅうびゅうと風切り音が耳に響く。風は冷え徐々に波も揺れが大きくなって来たが空は青く、普段の海との違いも俺たちくらいにしか分からない微々たる物だ。毛利がそれに気付くかは分からないが分かったところでどうと言う事はない。今はただ小船をできる限り沈めて戦力を削ぎ、本船がこちらに近づく様に誘うのみ。



「…長曾我部め、少しは出来る軍師を持っておったか」

「伝令!小船の残りが僅かとなっております!」

「使えぬ者共め、予定より半刻程早いか…まぁ良い、皆の者!鏡に日の光を集めよ!」



「…ん?なんだありゃ、鏡が動いてる…?」

「鏡?…貸してくれ」


物見櫓に居た部下から望遠鏡を受け取り覗けば、毛利の本船の高くに掲げられた巨大な鏡が日光を受ける様に角度を変えて居た。てっきり飾りだと思っていたそれは海や光を反射して熱を帯びているのか淵がうっすらと赤い。


「嫌な予感がする…左に船を動かせ、大急ぎだ!」

「は、はいっ!!」


「見るが良い、我が照日大鏡と日輪の力を…放て!!」


次の瞬間、鏡から放たれた熱を持った光線は俺の船の三分の一を焼いた。急いで左に逸れたお陰で被害は少なかったがそれでも負傷者は甚大で、何よりぶち込む筈の暁丸の足が一本壊れてしまった。青く晴れた空は太陽を隠す事無く、鏡は第二波を放とうと稼働を始める。


「暁丸は!?」

「飛翔台は生きてますが足が壊れて稼働率が下がってます!」

「動くならマシだ…急旋回!こっちからあの船に突っ込め!!」

「で、でもそれじゃあ…!」

「暁丸の自爆装置を稼働して、あの鏡にぶつける。良いよな?元親」

「暁丸を失うのはちと痛ェ…が鏡なんぞに海賊は負けらんねェ、思いっきりやっちまえ!!外すんじゃねぇぞ!!!」



「元就様ー!長曾我部の船が巨大な絡繰を持ち出して来ましたー!」

「絡繰…?  !  急ぎ、船を後退させよ、鏡を死守するの…ぐぁっ!」


元親の令で暁丸が大きく空を飛ぶ。直前に思惑に気づいたのか毛利の船が若干の後退をしたが長曾我部軍の技術の髄を集めて作られた暁丸の稼働部分とこの日の為に作った飛翔台はそれを物ともせずに鏡目掛けて弧を描く。鏡と暁丸がぶつかった瞬間、鏡に溜まっていた熱も合いまって大きな爆発が起こった。バラバラに砕けた暁丸の残骸はこちらにも飛んで来たが大多数は毛利の本船と小船に降り注ぎ、奴さんも無傷じゃすまないだろう。


「おっしゃーざまぁみろ!!」

「はははっ!やったな晋!」

「おうよ、鏡のお陰で作戦も糞もねぇけどな」

「だがまだ気を抜くんじゃねぇぞ、戦は最後までわからねぇ」

「ん、わかってる」


毛利の船とこちらの船の距離はいくらも無く、毛利が倒れて居なければそろそろどちらかの船で鍔迫り合いが始まるだろう。元親が碇槍を持ち直すのと同時に刀を鞘から抜けば、日光を浴びて刀身がギラリと光る。


「愚劣な絡繰め…橋を掛けよ!百万一心の兵となり奴らの首を日輪に掲げるのだ!」

「来るぞ…気合い入れてけよ野郎共!」


向こうの船から橋が投げ込まれると、それを伝って大量の足軽と弓が投げ込まれる。敵味方関係無く自軍の兵士すら巻き込む矢の嵐、毛利が自軍の兵を駒として見ているのは知って居たが目の当たりにすると想像以上に惨たらしかった。元親も同じ事を思って居るのか、弓と兵をいなしながら覗き見た表情は酷く苦し気で青い瞳の奥はかすかな怒りに揺れて居る。


「兵を、仲間を!何だと思ってやがんだ…!!」

「怒るな元親、冷静でいろ」

「わかってる、わかってるけどよォ…!!」


「随分余裕な口を聞くのだな」

「!!!?」



空から落ちた影と続いてガキィン、と響き渡る金属音。元親の碇槍と交わり火花を散らすそれは大きな輪刀。元親が渾身の力で弾き返すとひらりと身を交わして地に降り立ったのはまさしく毛利であった。


「ハッ、驚いたねェ…アンタ直々に鬼に会いに来るたァ」

「使えぬ駒よりも使える駒を投ずる、それが我であっただけの事よ …まさか、貴様程度の輩に我が赴く事になるとは計の隅の隅にも思わなかったが」

「そいつァ残念だったな、ウチにゃ頭の切れる軍師が居るんだ。アンタを引っ張り出せたのもそいつのおかげさ」


多くの兵を片したせいか元親の息は軽く乱れて居て、対して毛利は汗一つ流してはいなかった。戦力に差は無くむしろ今はこちらに利があるだろう、だが戦は大将首が取られてしまえば全てが終わる。かといって俺の腕じゃ元親の加勢に入ろうにも真剣勝負の前では足でまといにしかならず、酷くもどかしい。そうしてる間に二人は凄まじい剣戟を繰り広げ、毛利はその細い体の何処にそんな力があるのか元親と対等に渡りあって居る。


「我は貴様が気に食わぬ…潔く散るが良い!」

「っ…!!?」

「これで終いよ…」

「元親ァっ!!!!」


毛利の鋭い一線の元、放物線を描いて元親の碇槍が床に突き刺さる。日光を背後に浴びて、輪刀をすらりと掲げる毛利が俺には死神の様に見えて、気が付けば身体が勝手に動いて走り出して居た。


「…フン、一兵卒風情が」


ボタボタと音を立てて甲板に染みていく赤い血。俺の背後の元親に輪刀が当たる事は無く、代わりに刃は俺の身体に深く食い込んで離さない。心の臓は外れたが右の鎖骨から食い込んだそれは肉を大きく裂いて、もはや右腕に感覚が無い。斬られた所が痛いと言うより酷く熱く、じわじわと喉の奥からせり上がる鉄の味がとても不愉快だった。毛利が輪刀を無理やり引き抜くと同時に足が支えを無くしてぐらりと身体が倒れ、咄嗟に元親が受け止めてくれた。


「晋、晋!!」

「ごふっ…油断、してんじゃねぇよダボ…」

「二人纏めて黄泉に送ってくれよう、今度こそ終…ッ!?」


俺の血でテラテラと光る毛利の輪刀が酷く恐ろしく見えて、思わずぐっと目をつむればそれと同時に大きく船が揺れた。霞む目で空を見上げれば何時の間にか雲が日光を遮り始め波の音も荒れている。そして今の揺れで甲板に突き刺さっていた碇槍が元親の方に流れて来た。元親がそれを振るうのと、毛利が体制を立て直すのはほぼ同時。だが次の瞬間にはバキリと重たい何かが折れる音がして、眼前に赤い水飛沫が広がり最後に緑の装束を赤黒く染めた毛利が地に伏した。


「あー…やっと終わった」

「晋!喋るんじゃねェ!すぐ戻れば間に合う」

「…俺が死んだら、海に流してくれよ…死に顔っての、見られたくねぇんだ」

「お前は死なねェ!!俺が、俺が守るって言っただろ!!?」


船の縁に座らされ、元親が自分の服を俺の身体にキツく巻いて止血を試みるがそれすら無意味と紫の装束を赤が飲み込んでいく。笑顔が見たくて命を張ったのに、目の前の元親は眉を下げてだらし無く右目からだらだらと涙を流している。


「なんつー顔してんだ、笑えよばか…」

「嫌だ、嫌だ、しん…!」

「だいじょうぶ、俺ァいつでも、お前のそばに居るから」


元親の手を借りて何とか立ち上がれば、遂に皮一枚で繋がって居た右腕がぼたりと落ちる。そこからびしゃびしゃと血が流れ、元親が息を飲んで支える力が揺るまると、最後の力を振り絞って思いっきり元親を蹴り飛ばした。


「晋ッ!!!!!!」


反動でぐらりと縁から外に傾く身体。伸ばされた手は宙を切って、途端に冷たい水が俺の身体を包んで行く。熱を持った身体には酷くそれが心地よくて、水を隔てた向こうで部下に押さえられながら元親が何かを叫ぶ様に口を動かして居たが俺には水中の気泡が上に昇って行く音しか聞こえない。


(サヨナラぐらい、言ってやれば良かったかな)


次第に元親の姿も見えなくなって、青い筈の海の水は一面真っ赤に染まっていた。




インディゴブルー
(海が青いなんて嘘だ)

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