「松寿ーおやつの時間だぞ」

「! はようよこせ、」

「寄越せじゃなくて、なんつーんだっけ?」

「う、…いただき、ます」

「ん、よくできました」


本の散らかったただっ広いリビング、日当たりの良い一角に置かれたテーブルに大福を出せば本の海に居たちまっこい同居人が急いた声を上げて駆け寄ってくる。それを抱き上げて椅子に座らせ、躾はきちんと食べ物に感謝をさせる。

良く出来ましたと褒めて日に透けると柔らかく光る茶色い頭を撫でてくすぐったそうに身をよじるのは三本の矢でお馴染み、未来の毛利元就その人である。今の姿は元服前なので松寿丸らしいが。

事の起こりは一月前、急に何故かボロボロの友人に「親戚の子供を預かってくれ」と松寿を押し付けられたのが始まりだが後から聞いたら親戚でも何でもなく、これまた急に友人の家に松寿が降って湧いたのだそうだ。だからと言って俺に押し付けるなと言いたかったがカミさんに逃げられて一緒に連れて行かれた子供が丁度松寿と同じくらいの年頃だったのもあり、気付けばつい了承の返事をしてしまっていた。

とりあえず急に落ちて来たというこいつの情報を得ようと、文明の利器インターネットで名前を検索に掛ければ一発でヒットした「毛利元就」の名前。試しに毛利と呼んでみれば反応したので憶測はその時確信に変わった。何とも非現実的だがどうやら友人の家に落ちて来たこいつは過去の日本からタイムスリップをしてしまったらしい。

今では噛み付かれる事もないが引き取った当初はそらもう酷いものだった。噛み付くわ蹴るわ殴るわのオンパレード、部屋の隅に逃げてこちらを見る目は疑心不安軽蔑その他諸々で染まっていた。友人がボロボロだったのもこのせいか、と同じくボロボロの自分を鏡で見てため息が出たのは記憶に新しい。


「…しん、」

「どうした、トイレか?」

「トイレくらい一人でゆけるわ!ちがうわたわけ、その、あれよ」

「なによ」

「急かすでない!…その、われは…こ、こーえんに行きたい」

「公園?あー、いいぞ」

「まことか!?」


公園くらいに何をそんなに緊張する事があったのか、了承すれば普段はむっとした顔が多い松寿の顔が年相応になった。さっそく汚れても良い服に着替えさせて、前に息子が使っていた砂場遊びのスコップやバケツを持たせれば「わが城をつくる!」と松寿は意気込んでいた。手を繋いで自宅マンション下のわりかし広い公園に連れて行けば平日の昼過ぎと言うのもあってあまり人は居らず貸し切りみたいなもんだった。


「しん!砂がくずれよる!」

「あー、水持ってこい水、そうすりゃ固まるから」

「しん、水がおもたくてもてぬ…!」

「男の子だろがんばれ。…ああもう分かったよそんな顔すんな」


そうとう箱入りで育ったのだろうか、砂に水を入れると固まる事も知らなかった松寿に色々と教えてやればその度松寿は目を静かに輝かせていた。前は俺の子供とも砂遊びをする事があったが、どちらかといえばあいつは走る方が好きだったのでこうして子供と砂遊びをするのは新鮮である。無邪気に遊ぶ松寿に、自分の子供を重ねてしまってかすかに胸が痛む。


(あー…いつまで俺ァひきずってんだよ…)

「? どうした、」

「ん?いや、何でも無い。それより松寿休憩すっから手洗ってこい、飲み物ポカリで良いか?」

「ん、」


ずっと砂場にしゃがんで居たので背を伸ばせばばきばきと不健康な音が骨に響き、見上げた空は何時の間にかだいぶ太陽が傾いている。手を洗ってベンチで待つ松寿のほっぺたに冷たい缶を後ろから押し付けたらひどく驚いた様子で怒られた、さては不測の自体に弱いなこいつ。


「ふわぁああ…」

「流石に昼寝してないから眠いか?」

「へいきよ…」

「だっこは?」

「…ん」


腕を広げればのそのそと足の上に乗って首に腕を回す松寿に思わず笑いが漏れる。そのまま抱き上げて帰路に着けばエレベーターに乗る頃にはすうすうと寝息が聞こえた。頬を埋めた髪は柔らかく、汗とお日様の匂いがする。


「あーもー泥だらけ、しゃあねぇなぁ」


そう呟いた声色は自分でも驚くほどだらしなく浮かれていて。


「…しゃあねぇのは俺か」




独りごちて君の温もりに溺れる僕の何と愚かしい事か。
(それでももう少しだけ、このままこの手に抱き上げていたい)

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