何重にも鍵を掛けた重たく冷たいドア。それにカードを通せばがちゃりがちゃりといくつも中から音を立てて鍵を外れる音がする。ドアノブに掌の熱を奪われながら開けば軋んだ音がして、中に居た人物は漸く光を浴びる。
「ただいま、吉継さん」
生まれて初めて恋をしました。
僕がそおっと声をかければ、僕の恋人は寝ていたのか小さなうめき声を上げて苦しそうに寝返りを打つ。
いや、正確には打とうともがいていた。
「ほらほら、無理をすると傷に触るよ?まだ縫って日が立ってないんだから」
しょうがないなぁ、と体を支えて抱き上げれば包帯に巻かれた顔の隙間から見える瞳がうっすらと開き、酷くしゃがれた低い声で「…晋…?」と名前を呼んだ。
嗚呼、なんて愛しい人!
「ただいま、吉継」
此処に初めて来たときよりもだいぶ軽くなった体を抱き寄せて僕の膝の上に座らせる。そして包帯越しに軽く口付ければ吉継さんも唇を寄せた。
するすると包帯をほどいて吉継さんの醜く爛れた皮膚にもキスをすれば、吉継さんはくすぐったいのか小さくみじろぐ。俺が支えてないと満足に座れもしないその体が酷くいとおしい。
「これ、止めよ」
「やぁだ」
まぁ物を掴む事も一人で座る事も出来なくしたのは僕なのですけれども。
吉継さんの肘から下、膝から下はもう無い。何故なら僕が切って食べてしまったから。部屋に転がる数珠はその気があれば腕が無くとも動かせるだろうにそれをしないのは彼が全てを諦めてしまったから。
最初に腕を取ったとき、彼は言った。
「ああ、もうこの身ではアレを守る事は叶わん。われはあの男を裏切ったのだ、ああ、アア」
吉継さんは酷く狼狽えて、その後全てを諦めた。そして僕に全てを委ねた。
彼はこの時代では僕無しでは生きれないし僕はもう彼が居なくては生きられない。なんて立派な相互依存。嗚呼!なんて素敵な恋だろう!
「…晋?」
「ん、ごめんね、考え事してた。吉継さんの事」
「下らぬ事を申すな…」
「つれないなぁ、大真面目なのに」
クスクスと笑えば吉継さんはぽすっと僕の体に寄りかかる。僕よりも背が高かったであろう体は今やそんな面影も無く。そんな身体になりながらもまだ生きようとする吉継さんが酷く滑稽で、浅はかで、卑しくて、醜くて、酷く美しくて、堪らなく、堪らなく、愛しいと感じた。
「…おかえり、晋」
「ただいま、吉継」
生まれて初めて恋をしました。
(この男は気を違えているのだ)