「あー…暇だな、暇だ…」

「…」

日が遠に登り切って少しした頃、今まで静かに「てれび」を見ていた部屋の主が声を上げた。目を向けていた此方の世界の冊子から主へ視線を動かせばソファーへうつ伏せに寝転がりながら只々暇だ暇だと足をバタつかせて居る。

「…どっか行こうぜ小太郎ちゃん」

再び己が冊子へ視線を落とせば反応が欲しかったのだろう、がばり、と顔を上げて暇を持て余した男は己に意見を求める。

いつもであれば「行こう」ではなく「行くぞ」と己が何をしていても手を引いて何処かへ連れて行くこの男が今日に限っては己に意見を求めるあたり、どこも行く場所が思いつかないのだろう。ましてやこの男は己が言葉を発さないのも、何処何処へ行きたいなど意見を出す事も無いのを知っている筈だ。そもそも己はこの世界の場所を何も知らない、知っているのは主と行ったデパート、コンビニ、くらいの微々たる物。

知ってて尚のこの質問、…要するにこの男は何かを喋っていたいだけなのだ。返答は無くとも何か言葉を投げ掛けていれば暇な気は紛れる、そう言う事だろう。別段迷惑だとは思わないが、やはり不思議な男だと常に思う。

名前も知らない男、己から聞く気は無いし呼ぶ事も無いので不便はない。急に現れた己の世話を焼き、笑い、話しかけ、また笑う。己より遥かに年上であろう男は其処ら辺の子供と同じ程目まぐるしく表情を変える。此方の世界では己は忍では無くただ一人の人間。彼方の世界ではありえない事、「風魔」という肩書きの無い、ただの「小太郎」。

男に名を呼ばれる度に、何故だか背中がむず痒い。けれど、やめて欲しいとは思わない、奇妙で不思議な感覚。
まだこの男の世話になって半月だが実は己は自分の知らない所でかなりこの世界、否、この男に毒されているのではなかろうか。

…それも否、もう既に毒されて居るのだろう。きっと、此処へ落ちて来た当初の自分であれば「己は一人の人間」だなどと、そんな考えすら持たなかったであろうから。


「小太郎ちゃん?」


何時の間にか己の座るソファーの後ろへと移動してきた男が心配そうに顔を伺う。何も言わずに居ればさらさらと手で髪を梳かれてそれに目を細めれば、気を良くしたのか男は隣に腰を降ろして己の頭をぽんぽん、と撫ぜた。

己が頭を撫でられるのも、彼方の世界ではありえない事の一つ。
ぐらりと男の方へ体を倒せば頭の下に腿が来る。

「あまえんぼ」

そう、頭上でくすくすと男は笑いながらも頭を撫でるのをやめない。つくづく不思議な男だ。この男の周りは己にとってありえない事ばかりに溢れて居る。

だって現に己が自分から誰かに膝枕を求める事自体がありえないだったのに、今ではあり得てしまっている。この半月の間に自分に何が起こっているのか自分でもわからない。

「(只々、今は此れが心地良い)」

そんな事を思っている己が、何よりも一番あり得ては生けないのだけれども。


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