名前変換なし

2010年、現代から400年も時を遡ったこの地に落とされてもう何度も晦日を迎えたか数えては居ない。長い時の流れは己の今まで培ってきた常識を何もかも塗り替え飲み込んで行ってしまった。

右も左も分からず路頭に迷っていた俺を拾って下さった信長様はもう居ない。忍の道を勧めて下さった濃姫様も、共に腕を磨いた蘭丸も、花を差し上げれば笑って下さった市姫様も、全部全部本能寺の炎は俺から奪い去った。

炎を巻き起こした渦中の人物は今も行方知れず。

今は石田三成様に拾われ各地を奔走しながら俺は奴を探している。そしてそんな時、大谷様から奇妙な話を聞いた。西の一国の主、小早川の元に怪しい僧が現れたそうだ。


「アレは今に滅びを招く、ぬしは金吾の所に行き見て参れ」

「はっ」

「出来る様なら殺しても構わぬ、だがしくじりはするなよ?ぬしが死ぬと三成が煩いでなァ」

「必ずや、三成様と大谷様に吉報を」


深く一礼をして畳を蹴れば次の瞬間には外の暗闇が己を包む。マスクを深く着け直して目深に頭巾を被ればすぅ、と頭が冴えて夜と一体になった気がした。…いよいよ現代人離れしてきちゃったなぁ。


(…あれが噂の、)


息を殺し気配を殺し。
烏城にて天井の僅かな穴から下を覗けば暗がりで良くは見えないが髪の長い男が経を詠んでいた。天守閣にも程近い城の上層部に位地する上等な部屋、ただの僧がこのような部屋を与えられたりするだろうか?

大谷様によればあの僧は戦えると聞いていたが近くに武器も見えなかったので様々と思考と視線を巡らせながらタイミングを図る。


(さっさと済ませて帰ろう)


すっかり手に馴染んだ己の武器である弦を手に巻き、いざ仕事に取り掛かろうとした時、不意に標的が此方を向いた。

そして奴は忘れもしない声で呼んだのだ、俺の名を。


「…!?」

「いつまで其処に居るおつもりで?久しぶりの再開でしょう、お茶でもしませんか」

「…どの口でそんな事が能々と言える」

「おやおや、嫌われてしまいましたか。残念です」


忍は敵に姿を見せるなと散々教えられた事も忘れ、呼び掛けに少し間を置いてから畳の上に降り立てば頭の奥がふつふつと熱くなるのが嫌でも分かった。だが指先は正反対の様に冷えきっている。

月明かりに照らされて、見えたのは忘れもしない死神の顔。


「怖い怖い、鏡を貸して差し上げましょうか?貴方今鬼みたいですよ?」

「…」

「ふふ、冗談ですよ」


指と腕に絡ませた弦がぎちり、と嫌な音を立てて軋む。


「それにしても久しいですね、本能寺以来でしょうか?」

「…あの日以来、お前を殺す事だけを考えて生きてきた。今日をその日にしてやる…!」

「そんなに私の事を考えていてくれただなんて嬉しいですねぇ。ふふ、貴方の顔を見ると私が殺めたあの方の顔を思い出します。…貴方が守れなかったあの方を、ね」

「っ殺す!!」


首に目掛けて弦を巡らせると奴は後ろに一歩退いて何処から出したのか鎌を一振り。弦と鎌は弾きあって俺の弦がたゆんだ。


「おっと、手が」

「ぐぁっ…!!」


その一瞬で間合いを詰められ畳に叩き付けられる。衝撃で肺から酸素が押し出され息が詰まったが、酸素が吐き出される筈の喉は奴の手によって捕まれ意識が朦朧とする。苦し紛れに手に爪を立てても力は緩まない。


「あまり大きな音を立てては皆さんに迷惑でしょう?しー、ですよ」

「殺すっ、殺すっ、お前だけはぁっ…!」


無意識の内に目尻に涙が浮かぶ。恐怖からではなく、大事な人達の仇一つ討てない自分の非力さに。息を荒げ殺意を込めて睨み付ければ死神は心の底から楽しそうに俺を見下す。


「残念ですが私はまだまだやる事がありましてね、死ぬわけには行かないのです。あの方にもう一度会う為に…」

「…?」

「お前の相手はその後にでも、ね?せいぜいそれまで私を憎みなさい、憎しみは貴方を強くする、そして私を楽しませて下さい」


べろり、と死神は俺の目尻を舐めた後、器用に俺の首を掴んだまま襖を開けて宵の明けぬ外へと放り投げた。落ちていく中で見上げた死神の顔が何処か憂い帯びていた事にも気付かずに、叫ぶ。


「ころしてやる」


(ヒ、ヒヒッ 手酷くやられたものよな)
(申し訳ありません…)
(構わぬ、だがその首を三成には見せやるな、死神の手形がくっきりよ)



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