「ふ…ま、ああ!わかった!ふうま、だ!だろ!?」

「…」


口が利けないと謂う男は静かに頭を縦に振った。

「ふうま」が家に来てそろそろ一時間。首の血はいつしか止まり、痛みも引いてきた。

初めて名前を聞いたときに返ってきたのは深い沈黙。それから口が利けないのかと問えば男は静かに首を縦に振った。それが30分前。
そしてそれと同時にとりあえずこの男は悪い奴ではなさそうだ、となんの根拠のない答えを頭が勝手に弾き出す。
けどそれはきっと押し倒された時に向けられていた視線が怯えていた様に思えたからだろう。人はこれを加護欲と言うのだ。自分に馴染みがあるこの言葉と、「お前はお人好しすぎる」といつだかに友人に言われたのを思い出した。


「…」

「…ごめん俺さすがに唇を読む能力はねぇや…」

途中そんなやりとりもあったので、路線を変更してそれから30分かけて手のひらに名前を書いて教えて貰ったのだが、どうにも日本語の様で日本語でない、ミミズがのたくった様な字で書きやがるもんだから中々理解するのに時間がかかった。だからこそ解読したときの喜びは半端なかった。

そして更に30分。

「風魔小太郎!よっしゃ!やっとわかったぞ!」

「…」

さすがに自己紹介に一時間かかると思ってなかったであろう男が少し嬉しそうに首を振るのを見て、つられて笑った。


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