「お昼のニュースの時間です、本日未明◯◯市の路上でー…」

「…仁さん、中々起きないねぇ」


特に目当ての番組もなく、ただただ猿飛の目の置き場に付けられたニュースの示す時間はとっくにいつもの昼食の時間を過ぎていた。此処の家主が寝坊助でどんなに早く眠りに着こうが起きるのが昼過ぎなのはもはやお約束だがそれにしても今日は随分と寝坊の度が過ぎている。我が目を通していた冊子を閉じると同時に猿飛が寝室に向かうと、次には焦った様な声が飛んで来た。

「…騒がしい…」

「毛利の旦那!仁さんが、仁さんが凄い熱なんだどうしよ…!」

「…さっちゃん…?」

「仁さん、大丈夫!?ちょっとやだ、仁さん、しっかり死んじゃやだよ…!」


広いベットの上でぐたりと横たわる堺の顔を覗き見れば、瞼が重いのか閉じられたままだったが成る程確かに顔が赤く息も荒い。いつもうっとおしく我をふざけた渾名で呼ぶ声は弱々しく、酷くしゃがれている。奴が息をする度ひゅうひゅうと空気が漏れて、次に乾いた咳が漏れた。その様は何だか今は何処ぞの座敷牢にでも入れられて居るであろう包帯塗れの盟友の姿が浮かぶ。


「…なんぞ、風邪か」

「げほっ、あー…二人して来なくていーよ、大げさだって、寝てれば治っから…っげほげほ!、ってか移すから向こう行ってな…」

「馬鹿!何で熱出てんなら呼ばないの!唖々もう薬とか無いかな…俺様ちょっと出てくる!」


猿飛が何時の間にか持って来た氷嚢を堺の頭上に乗せると次の瞬間忙しなく黒い影の中に沈んで行った。まだ外に出た事の無い我よりは、奴が出た方がマシなのだろう。今だに掠れた声で咳を漏らす堺の横に腰かければ、うっすらと瞼が開かれる。熱で潤んだ瞳に我の姿が見えた。


「あれ…就ちゃ、とっくに向こう行ってると思ったのに…」

「気まぐれよ。…それより堺、貴様、死ぬのか」

「そっかあ…げほ、さっちゃんも就ちゃんもおおげさだなぁ…たかが風邪で、はは」

「我らの時代ではそのたかが風邪で禄の少ない民は死ぬ。猿が騒いで居たのはそのせいであろ」

「んじゃ就ちゃんも心配してくれたの?」

「貴様が死んだら処理が面倒だ」

「手厳しい!っげほげほっ…あ、ごめ…」


一際大きく咳をした振動で落ちた氷嚢を二度頭上に乗せてやると、氷嚢を探し動いていた堺の手と触れる。手を退けようとする堺になんとなく構わぬ、と短く告げればその後少し戸惑ったあとそっと手が重ねされた。

手の甲に触れる奴の掌は男にしては滑らかで、重ねられた手と逆の己の掌を見合わせて改めてこの男は乱世とは無縁なのだと知る。


「就ちゃんの手は冷たくてきもちいいなあ…」

「気色の悪い事を申すな気色悪い」

「はは、ごめーん…でもあれな、弱ってる時に誰か居るって嬉しいねぇ」


へらり、と音の付きそうな顔でだらしなく笑う堺に何故かつきんと胸が軋む。


「…我には分からぬ感情よ。我は一人が常、知る必要も無いが」

「えーそうなん…?淋しくないのか?」

「我を理解出来るのは我だけで良い、我には日輪と溢るる智があれば良い、それだけよ」

「えー…そんなさみしい事言うなよ就ちゃん、つか就ちゃんは一人じゃねーべ、おにーさんが居るでしょ」


氷嚢が落ちるのも構わず身体の向きを変えると、今度はしっかり開かれた瞳が我を貫く。何時の間にか握られた手は我と同じく冷たく、しかし暖かい。何故か恐怖を感じて振り払えば堺が困った様に笑った。


「貴様に、我の何が分かる…」

「分からん。だから知りたい。せっかくこの家に来てくれたんだ、仲良くなりたいじゃんか、これがずーっと言いたかったんだぁ」

「…貴様はおかしい、我には理解が出来ぬ、貴様は何だ、我をどうする気だ…」


ずきずきと胸の軋みが大きくなる。これ以上この男と話してはならぬと頭が告げるのに身体が動かぬ目が反らせぬ。我を理解出来るのは我だけで良い、そう思うのに心の何処かで違うと叫ぶ。

この男なら、我を理解してくれるやも知れぬ、そんな甘ったれた思考が脳を犯して行く。


「(幻想よ…そんなものはまやかしよ、必要ない、)」

「俺は、就ちゃんの事が知りたい。お前さんのその鉄仮面の下が知りたい。…まぁ今すぐにとは言わんがね」

「…貴様なぞに、見せる面など持っておらぬわ…」

「ふん、いつか剥がしちゃるよ」


風邪は何処へやら、自信たっぷりに笑った顔に、いまはただただ面を剥がされる事への期待と恐怖を感じた。


(なぁ就ちゃん知ってる?手が冷たい人は心があったかいんだよ) 

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