その日は朝から小太郎ちゃんの様子が変だった。


「こたろーちゃんどったの、そろそろ離してくれないとおにーさん足が痺れちゃうんだけど」

「…」

「こーたーろー?」

「…」

「あれまぁ今日は一段と仁さんにべったりちゃんだねぇ」


朝、まださっちゃんも起きてない時間に叩き起こされたかと思えば寝ぼけ眼のままきつくハグをされた。その時は怖い夢でも見たのかとなんとかなだめてまた一緒に眠りに着いたのだけれど、その後何時もの時間に起きた瞬間に腹に突撃をかまされ、以来小太郎ちゃんは俺から一度も離れていない。


「ほら風魔、そろそろ昼飯だから離れて準備手伝ってー」

「…」

「嫌ってアンタねぇ…」

「小太郎ちゃんまじでどったのさ、」

「…」


小太郎ちゃんは何を言ってもひたすら嫌だ嫌だと首を振るだけだった。大好きなお菓子をちらつかせても目もくれない、そんな小太郎ちゃんは初めてである。

仕方ないので昼飯を我慢してそのまま好きにさせていると、小太郎ちゃんがビクリと震えて徐に靴下を脱ぎ始めた。


「!…小太郎ちゃん、足が」

「おいおい、足が透けてるだって…?」

「…」


まるで漫画の様に小太郎ちゃんの足元は薄い淵を残して向こう側が見えるほどに透けていた。速度はゆっくりではあるが透明化は着実に上に向かって進んでいて、小太郎ちゃんが気味悪そうに足に触れる。


「…もしかしてこれは帰れる予兆、ってか現在進行形で帰ってるのかな?」

「た、たぶん」

「小太郎ちゃん、触るよ?」

「…」


そっと透明になりつつある足に触れればじんわりと暖かい。小太郎ちゃんにはもう足の感覚が無いのか、心配そうに俺の手を掴んでいる。そうして暫くすると透明化はふくらはぎを過ぎ、足の先は完全に触ることが出来なくなった。先程よりは少し速い速度で少しずつ触れられる範囲が狭まっていく。


「痛いとかはねーの?」

「…」

「ん、よしよし…」


小太郎ちゃんが朝からべったりだったのはきっとこのせいだろう、そらぁ足からどんどん消えたら不安にもなる。

未だに離れない小太郎ちゃんにハグをしかえして髪を撫でれば小太郎ちゃんはぎゅうぅっときつくしがみついて首を振る。いつの間にか体はもう半分以上が見えなくなっていた。


「…」

「ホワイトボード?待ってて、今持ってくる」

「あ、俺様持ってくるよ!仁さんはそのままで居たげて」

「わりぃさっちゃん、」


小太郎ちゃんが物を書く動作をしたので、もう結構使い込んだホワイトボードを渡せば小太郎ちゃんは指先まで半透明になりつつある手を懸命に走らせる。


「(いままでありがとう)」

「っ…ばかやろ…」

「…!」


小太郎ちゃんはそう書くと小さく、だけど初めてはっきり笑った。思わず泣きそうになって抱き着けば今度は俺が頭を撫でられて少し身を引く。


「(また、いつか会いませう)」

「…うん、絶対、いつかまた、絶対」

「…っ」

「小太郎ちゃ、」


文字の最後の方は手が消えてしまったせいで形が崩れていた。握れなくなったペンが床に落ちて、小太郎ちゃんは最後何かを言いかけた様に口を動かして完全に空気に溶けた。残ったのはホワイトボードと黒い羽。


「…風魔、帰っちゃったね。しまっておいた装束も消えてたよ」

「ん…ちゃんと帰れたなら良いんだ、それが一番良い」

「……泣きたいなら泣いて良いよ?」

「泣かねーよ、お父さんは泣いちゃいけねーんだ」

「…いじっぱり、」


鼻をすすってホワイトボードを拾えば、そっとさっちゃんはソファーの背もたれ越しに俺の背中から抱きつく。意地なんか張ってねーやい、と返せばクスクス笑いながら離れていった。


「あー…腹減ったな、」

「一人分無駄になっちゃったけどご飯にしよっかー」

「なんだったら俺がたべ「仁さん静かに、」…Oh…」


言葉を遮られ何かと思えばさっちゃんが口に人差し指を当てたまま何かを察知したかの様に寝室の方を見やる。

すると確実に何か重い物が落ちる大きな音がして、さっちゃんと顔を見合わせる。


「帰ったと思えば今度は毛利の旦那かよ…!」


そして寝室に入ってのさっちゃんの第一声はうんざりしたかの様だった。


(飯無駄にならなくて良かったじゃないか)
(全くのんきなんだから…!)

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