「何やってるんだい」
「あ…編み物です…!」

名前は泉宮寺さん専用の椅子に勝手に腰かけて、膝にタブレットを置いて毛糸と格闘していた。本人がいないから別に構わないが、バレたら後であのサイボーグに説教されるだろうに。目が怖いっていつも怯えてるのに、どうしてそれをやるのか。

しかし、狩りの時間まではもう少し暇がある。退屈凌ぎに彼女を観察してみることにした。何か新しい発見があるかもしれない。

「何でこのご時世に編み物?」
「…だって…」

彼女は椅子の上で三角座りをしてから右足をゆっくり上げて、膝に乗せたタブレットを器用に机の上に滑らせた。足癖が悪いよ、と僕がやんわり指摘するとごめんなさいと気のない謝罪が返ってきた。
おかしいな、いつもこういうときは手元の作業なんかやめて子犬の如く僕の周りをうろうろして甘えてくるのに。
今日は編み物にご執心か。女性の心は掴むのがなかなか難しい。

「ここは…こう通して…んん?…あれ?」

世間一般に言うとこの子は僕のお手伝いをしてくれる有能な犯罪者なのだけれど、今はただ無垢で純粋な少女に見える。
困った様子でタブレットに表示させている編み方を見つめる瞳。慣れない作業に戸惑う指先。床に転がっている毛糸の玉から長い糸が伸びていて、それは彼女の指先で踊るように交差して編み込まれて布地になっていく。
うん、編み物もなかなかいいかもしれないな。

机に肘をついて彼女の様子を傍らで静かに見守っていると、はたと彼女と目があった。

「…あの」
「どうした?」
「あんまり、見られると恥ずかしいっていうか…」

彼女は俯いてきゅっと編み棒を握った。少しだけ出来た毛糸の布地が彼女の太ももに転がっている。この分だとまだかかりそうだけど、彼女は一体全体なぜこんなことをしているのだろう。

「そうか、ごめんね。でも見ていたいんだ」
「えっ…」
「何編んでるんだい?マフラー?」

勘で聞くと図星だったらしく、頬を赤らめて彼女は小さく頷いた。

「槙島さんに」
「え?」

僕に?

「だって、槙島さんいつも薄着だし寒そうだもの。色も白いし…消えちゃいそう。あ…失礼でしたか?」
「いや、とても嬉しいよ」

面白いことを言うものだ。

自分で言っていて恥ずかしくなったらしい彼女は、机の端に置いてあった大きめの箱を開けると、その中に先程まで作っていたマフラーと毛糸を突っ込んでぱたんと閉じてしまった。

「良かった……でもあんまり見られると恥ずかしいから、槙島さんがいないときにします」
「どうして?」
「だって、どきどきしちゃうから」

箱を退けようと立ち上がった名前の手首を掴むと、彼女は不思議そうな顔で僕を見た。
名前の手を掴んだまま先程まで彼女が座っていた泉宮寺さんの椅子に腰かけるとぽんぽんと膝を叩いてみる。
最初は意味がわからなかったようだけれど、数秒後に理解した彼女は真っ赤になって首を横に振った。

「な、なん……なんですか…!」
「続き、ここでしてくれないかな。もっと近くで見たいんだ」

僕が彼女の手を少し引っ張ると彼女も逆らえないと悟ったらしく、失礼しますと声をかけて僕の膝に座った。
彼女のお腹に手を回して頭に頬を擦り寄せると、ぴたりと彼女の動きが止まる。人殺しと言えども、彼女はまだ年若い女の子だ。柔らかい彼女の感触を味わっていると、名前は困ったような顔でちらりと振り向いてこちらを見た。

「槙島さん…ちかい…」
「当然だろう」
「…恥ずかしいです」
「僕は恥ずかしくないしとてもいい気分だよ」

耳元で囁くと、今度は彼女の耳まで真っ赤に染まった。ああ、面白い。

「さ、続けて」
「あのう…耳…耳がっ…」
「耳?なに?ちゃんと言ってくれないとわからないな」

意地悪にかぷりと彼女の耳朶に噛み付くと、「っへぁ…!」という変な声が聞こえた。

「ほら、続けなよ」
「こ…こんな体勢でできるわけ」
「何か言った?」
「いえ、なにも…」

彼女は渋々箱に手を伸ばして編み棒を握る。彼女の肩口に顔を埋めて、ぎこちなく動くその指先を眺めることにした。綺麗な指だなぁ、ずっと眺めていても飽きないかもしれない。

「今日は本を読まないんですか」
「ああ、たまには君とこうしてなんでもない時間を過ごすのも悪くないかなと思ってね」
「そうですか……っ!」

膝に座るのにも慣れてしまったらしいので、からかってやろうと彼女の耳に邪魔な髪をかけて首筋に舌を這わせると手から編みかけのマフラーが床に滑り落ちた。
かたんと抑揚のない音がして、それは彼女の足元で項垂れる。

「っ、槙島さん…!」

涙目で振り向いた名前がかわいくてそのまま顎に手を添えてキスをすると、今度こそ彼女は硬直してしまった。
そっと腰を抱いてそのまま彼女の唇に舌を這わせる。閉じている口をあっさり開けたので舌を絡めると、抵抗するように彼女は僕の胸を叩いた。
ああ、苦しいんだね。だからいつも教えてあげてるだろう、鼻呼吸しなよ。
仕方なく唇を離すと、彼女は荒く息を吐いて僕にもたれ掛かってきた。

「っ……はぁ…」
「上手くならないな」
「すみ、ません…」
「いや…それが君のいいところだよ」
「…っん」
「従順で、無垢で、汚れているのにとても綺麗。…君とこういうことをするのは、愉しい」

彼女の唇から垂れた唾液を舐めとりまた口付けると、今度は壁にかけられた古いアナログ時計に目を向けた。僕の腕の中の本人は夢中で気づかないらしいが、もう少しで仕事の時間だ。

それまではこの感覚に酔いしれることにしよう。
























◎槙島で甘い話でした
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