※微妙にこれと繋がってますが読まなくてもわかります。







「どうした?」
「慎也さん、お昼は」
「ああ、まだだが」
「…お弁当作ってみたんです」
「おう」
「一緒に食べます?」
「おー食う食う!名前の飯は美味いからな!」
「佐々山さんにはあげない」
「何で!」

午前の仕事を済ませてデスクから立とうとすると、小さめの鞄を持った名前がちょこんと立っていた。
何も言わずに俺をガン見しているので声をかけると、これ見よがしに鞄を突き出してくる。

「佐々山さんのぶん作ってないです」
「オイオイ、名前の愛妻弁当食えるのは狡噛監視官様だけか?」
「っ、佐々山」
「毎朝ラブコールしてもらってんだろ?」
「らぶこーる?」
「佐々山、何で知ってるんだ」
「ギノ先生が言ってた」

からかうように名前に絡む佐々山には呆れたものだ。

今のところ一系には女が名前しかいないため、佐々山なりに気を使っているのだろうが過去のこの男の行いは全て裏目に出ている。
執行官としての処世術や人としての最低限のマナーなどを教えてもらうときだけは名前も佐々山の話に耳を傾けるが、それ以外はからっきしだ。

「だって、佐々山さんうるさい」
「お前先輩に向かってなんつーこと言うんだ」
「ほんとのことです」
「狡噛、聞いたか今の?!俺の名前ちゃんは一体いつからこんなとんがってしまったんですかね」
「寧ろ丸くなった方だろ。会話成立してるし、三年前なんかと比べたら今の状況は奇跡だぞ」

というかお前のじゃないだろ。

近くにあった椅子を持ってきて、ここ座れと促すと名前は弁当が入っているであろう鞄を大事そうに胸で抱き抱えたままちょこんと椅子に座った。

「今日はエビフライ弁当です」
「揚げ物に挑戦したのか。頑張るな」
「昨日夜中に揚げたエビフライをさっくりヘルシーにレンジでチンしました。一匹だけなら佐々山さんにも上げます」
「やった!二匹だ!」
「佐々山さん、貴方をこのエビさんのように油でカラッと揚げる準備はいつでも出来てるんですよ」
「名前こえー!」

俺がデスクから資料をどけて少しスペースを作ると、彼女はそこに黒い大きめの弁当箱と小さめなサイズの赤い弁当箱を置いた。
後ろから佐々山が顔を覗かせる。お前どんだけこいつのエビフライ食いたいんだよ。

弁当箱の蓋を開けると、平凡だがどこか懐かしさを感じる惣菜が顔を見せた。
エビフライ、卵焼き、きゅうりとわかめの酢漬け、タコさんウインナーにブロッコリー、プチトマト、アスパラのベーコン巻き。

盛りつけ等に女子力を問われると微妙だが、ヘルシーさは多分誰にも負けないだろう。

「おー、豪華だな。名前こんなんいつも作ってんの?」
「気が向いた時だけ」
「へぇー、大したもんだな。ここまで家庭的なのつくれる子いねーよ」
「そうだな。手先が器用なんだろう」

嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからないが、少しだけ微笑むと名前は佐々山の口にエビフライを突っ込んで自分は赤い弁当箱に詰められたミニマムな惣菜を箸でつまんでいた。
つられて俺もアスパラのベーコン巻きを口に放り込む。

「美味いな」
「これくらい、誰でもできますよ」
「それでもこのご時世につくろうとする女はいないからなぁ」
「佐々山さんのぶんはないです」
「うん知ってる!二回目な、それ!」

もう勝手にいちゃついてろ!と叫ぶと、佐々山は一系のオフィスから出ていってしまった。唐之杜の尻でも触りにいくつもりか?
また半殺しにされるだけだぞ。

しかし名前はそんなことは気にもとめず、むしゃむしゃと弁当を消化していた。

「佐々山のこと嫌いか?」
「普通」
「そうか」

だが別段好きでもないらしい。顔に書いてある。

「あの、らぶこーるってなんですか」
「え」
「さっき佐々山さんが言ってたやつです」

ラブコールっていうか、モーニングコールなんだけどな。死語かよ。

「からかわれただけだ」
「そうですか」

特に興味無さそうな返事をすると、今度は卵焼きをむしゃむしゃと食べる。こいつよく食べるな。

「そういやお前、朝ひとりで起きる努力してるか?」

俺が箸を置いて問いかけると、彼女はピタリと固まった。それまで忙しなく動いていた箸が、動かなくなったのだ。

「…起きたくないんです」
「仕事だろ」
「そうじゃなくて…」

もじもじしながら、名前は「あー」とか「うー」とか唸りだした。かわいいからいいが、何が言いたいのかよくわからない。

「起きても寝てても、同じだったから…」
「……」
「施設ではサイコパスの浄化につとめましょう、ばかりで。あとは勉強。…目が覚めたらそんなくだらない一日がまた始まるんです。だから、起きるの嫌になってしまって」

よほど腹がへっていたのか全て平らげると弁当箱を仕舞いながら名前は俯いた。

「でも眠っているときだけなら、心は自由でしょう?」

公正施設とは名ばかりで、実際のところは潜在犯になると隔離状態のまま飼い殺しにされて一生を終えるというケースは少なくない。
彼女も今執行官になっていなければ、その"よくある公正中の潜在犯の死に方"で命を落としていただろう。
彼女はそれをよくわかっていた。
誰に教えられたわけでもなく本能的に、だ。

「そうだな」

彼女にしてみればあの檻の中に一度でも容れられてしまうと、眠っていても起きていても生きていても死んでいても同じなのだ。
いつ寝るかいつ起きるかいつ死ぬかの違いはある。だが、逆に違いは何かと問われるとそれくらいしかない。

名前は優秀な潜在犯だ。
シビュラシステムが彼女の執行官への道を開き、そのための勉強はしていた。名前は、あの檻の中から出るためなら何だってする女だった。人権が欲しかったのだろう。

「慎也さんは、私といてサイコパス濁りませんか」
「いや、ほとんどないが」
「…良かった」

名前はポットで沸かしていた湯を、急須に入れて茶碗をふたつ持ってきた。
潜在犯じゃなかったら、さぞかし良い嫁になっていただろう。
いろんな意味で箱入り娘で、ある種良妻賢母な一面を持つ彼女を欲しがる男も多かったかもしれない……潜在犯じゃなければ、の話だが。

「…緑茶です」
「ああ、ありがとう」
「それは?」

彼女は急須を手に緑茶を淹れながら、デスクの端に追いやられていた資料をちらりと見た。

「新しい人事リストだ。刑事課はいつも人不足だからな。来年は一人でも欲しいくらいだ」
「…人気ないですからね。執行官になれる人もごく一部の潜在犯だけですし」
「ああ。困ったもんだよ」

名前が淹れた熱い緑茶を啜る。
彼女は目を伏せて少しだけ微笑むと、俺もまた茶を啜った。
美味いな。

「名前」
「はい」
「…何でもない」
「言いかけてやめるの、嫌」

嫌、だってさ。
かわいい奴、と頭を撫でてやると子供扱いしないでくださいとはねのけられた。

「…来期は、女の子来ますか」
「あー…なんでだ?」

リストをみても監視官志望者は全員男だった。まあ確かにこんな仕事をやりたい物好きな女は多くないだろう。
執行官のリストを見ても、やはりシビュラシステムの判定がなかなか下りないため、今のところ執行官候補者はこの縢秀星という少年だけだ。

名前は少し残念そうにしょんぼりすると、また緑茶を啜った。

「…女一人はまだやりにくいか、この職場」
「いえ。…そうじゃなくて」

茶碗のなかに僅かに残った緑茶を覗きこみながら、彼女は口ごもった。
表面が同心円状にゆらゆらと揺れて、波紋をつくる。

何か言いたいことがあるのだろう。だが施設で洗脳教育のようなものを受けた彼女は、その教育理念に抗うような自分の気持ちはあまり口にしたがらない。本音と建前ってやつだ。
若しくは単純に言いにくいだけかのどちらかだが。

「…外出のとき、男の人だと悪いから」
「え?」
「慎也さんも宜野座さんも、私と二人で歩くと周りに勘違いされるかもしれない」
「……」

一瞬何を言ってるのかわからなかったが数秒後すぐに理解した。
外出届を出した際の監視官同伴での外出のことを言っていたのだ。確かに俺やギノと二人で歩いていたら、周囲に恋人と勘違いされるかもしれない。

「それに、二人ともいつかは結婚するんでしょう。私と二人きりで歩くのは、未来のお嫁さんにも悪いです」

未来のお嫁さん。

結婚なんてあまり深く考えたことはなかった。それは多分俺が目の前の名前に惚れているからで。でもこいつは執行官で、潜在犯だ。
それに気付いて、俺はなんて不毛な恋をしているんだろうと改めて実感させられた。…心臓がちくりと痛む。

「俺は構わない」
「え?」

だから、口走ってしまったのだ。

「お前が気にすることは何もない。監視官の職務を全うするの必死で、今は結婚なんて考える余裕ないからな」
「でも…」
「なんだ」
「…私、変になるから」
「変?」
「慎也さんと二人でいるとここらへんがきゅってなって、なんか、変になる」

彼女は俯きながら茶碗を置くと、そっと自分の胸元を押さえた。

「…初詣のときも、外出のときも、仕事のときも、今も。……私、病気かもしれない」

涙目になりながら、彼女は辛そうな顔をした。病気なら唐之杜に診てもらう方がいい。
俺が戸惑っていると、案の定バカやって唐之杜に平手打ちをされたらしい佐々山が戻ってきた。
俺と名前を交互に見て、修羅場?と聞かれたので首を横に振る。

「…なに、狡噛が名前泣かしてるってギノせんせーにチクった方がいい?」
「やめろバカ」
「別に泣いてないです」
「お、喋った」

名前はすくっと立ち上がると佐々山の横を通り過ぎて、オフィスから小走りで出ていってしまった。トイレか分析室だろう。

「なーにやってんだ」
「別に、何も」

煙草に火をつけた佐々山から目をそらした。

「…お前らってなんか、ほんとさ」
「なんだよ」
「いや?俺は助言しないって決めたからな、もう何も言わない」
「わけがわからん」
「わかんなくていーよ、いつかわかるさ」

佐々山が灰皿に煙草を置くと、灰が静かに銀色の皿に落ちた。
なんとなくそれを目だけで見ながら、人事リストを弄る。

「ま、その様子だといつになってもわからなさそうだけどな。死ぬまでわかんねーかもよ」
「…何が言いたい」
「お前さ、名前のこと好きだろ」

動揺して腕が端末に当たったらしく、デスクから派手な音を立ててそれが落ちる。
佐々山はにやにやしていた。

「わかりやすー…」
「…な、佐々山、お前なんでそれを」
「見てりゃわかるさ」
「…」
「やめとけよ、狡噛。お前は監視官だろ。監視官が執行官と一緒になるなんてのは無理な話さ」

佐々山はぽんぽんと俺の肩を叩くと、デスクに戻ってしまった。それ以上は何も言わないと決めたらしく、この話はもう終わりになってしまったらしい。

「そう、だな…」















「志恩」
「あら、どしたの」
「…」
「とりあえず、座る?」
「うん」
「誰かに泣かされたみたいね」
「泣いてない」
「でも目元赤くなっ」
「泣いてない」
「…」
「泣いてないから」
「泣いて」
「ないから」




















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